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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2021.07.12

【大会組織委員はどんな準備をしている?】アスリートの手荷物から競技馬まで、東京オリパラを支える物流

東京オリンピック・パラリンピックで、競技に使用するアイテムを競技会場や選手村に搬送するロジスティクス。この仕事なくしては成立しないと言われるほど、大会において重要な業務を担う。2015年に、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のロジスティクス部に着任した田中元樹さんは、過去大会にならい、ゼロからその仕組みを構築。大会成功に向けて、モノから競技馬まで送り届けることに力を尽くしている。

延べ数万人のスタッフ、1万台以上のトラックがスタンバイ

開幕を目前に迎えた東京大会。競技に向けてアスリートやスタッフたちがコンディションを整える中、同様に準備の山場を迎えているのが東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のロジスティクス部だ。

ロジスティクスとは、つまり物流。大会運営や競技に必要な数々のアイテムを選手村、TV中継や取材の拠点まで送り届け、使用後にはすみやかに回収・撤収する。ロジスティクスなくして大会は成り立たない。そう言われるほど欠くことのできない重要な部署となる。現在、約100名の職員に加え、延べ数万人のコントラクター(外部委託スタッフ)、1万台を超すトラックが東京大会に向けてスタンバイしているが、ロジスティクス部の職員1号に任命され、2015年から業務に邁進しているのが、副部⻑の田中元樹さんだ。

民間の物流会社に20年勤め、国内外の物流現場でキャリアを積んだ田中さん。突然の着任によって、人生がオリンピック・パラリンピック一色に変わっていった。

「当初は要件や規模感もわからない状態でした。そこで過去大会の資料やデータを収集し、分析するところから着手しました。手探りながら、ロジスティクス部の組織編成、予算策定、物品の種類や想定量といった基本設計を行い、IOC(国際オリンピック委員会)のアドバイザーにレクチャーを受けたり2016 年のリオ大会で現地を訪れたり、東京大会のロジスティクスパートナー、ヤマトホールディングスさんに協力いただいたりしながら、オリンピック・パラリンピックにおけるロジスティクスがするべき業務を学び、設計していきました」

こうして右も左もわからない状態だった田中さんは、倉庫の契約をはじめ、トラックなどの物流機器や人員の確保など東京大会の土台を構築。今では、ロジスティクス全体をカバーする役職に就いている。

大面積の倉庫を準備、意外な苦労も

競技用の備品、計測や通信のためのテクノロジー機器、17,000台ものベッドといった、大会の運営主体である組織委員会が用意するアイテムの保管や配送。そこには、物流という一言だけではカバーできないくらい、多岐にわたる管轄範囲と業務がある。

東京大会の倉庫に準備されているバスケットボールのゴール(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会提供 ©Tokyo2020)

「たとえばバスケットボール競技では、バスケットゴールも国際規格のものを競技日程にあわせて付け替えますが、こうした会場を構築するアイテムも、私たちが会場へ設置できる時期まで保管して、搬入します。
そのための倉庫は2箇所あり、総床面積は数万㎡です。トラックのアクセスが物流オペレーションに耐えられるのか。保管管理のスタッフが通勤できるのか。はたまた、天井高や床荷重、セキュリティといった施設スペックは組織委員会の条件を満たせるか。そういった観点ももちろん重要なのですが、数年前から通販と共に倉庫全体の需要が増し、ここまでの大面積はなかなか見つからなくて......大変でした」

倉庫内の物品は数万種類にのぼり、競技ごとに形状や大きさも一様ではなく、取り扱い方法も千差万別。ロジスティクス部は、その全種類の取り扱い方法も理解しないといけない。

「届けるのは競技会場の入口ではなく、あくまでも設置場所まで。さきほどのバスケットゴールで言えば、ゴールの重心やフォークリフトで掴んでいい部分などを把握しておかないと搬入も設置もできません。だから、製造元の方に教えていただきながら、一つ一つ、ノウハウを蓄積してきました」

アスリートの競技用具を確実に届けるために

アスリートの手荷物や持ち込まれる競技用具などの運搬もまた、ロジスティクスにおける重大な業務。アスリートたちはスーツケースや競技用具など抱えて入国するが、選手団の人数によっては移動用のバスに搭載しきれない場合も。

「出入国時の空港〜選手村の間や、滞在中の競技会場や練習会場への移動時など、荷物輸送をサポートしますが、荷物がバスに乗り切らない場合は、ロジスティクス部がトラックを手配し、アスリートたちが乗ったバスと一緒に走行して各所まで荷物を運んでいきます」

一人乗りカヌーやボート競技のオール、陸上の棒高跳び、パラリンピック競技の車いすといった大型の競技用具は、そもそも空港の手荷物用ターンテーブルにすら乗せられない。こうした場合は特別な措置が施される、と田中さん。

「荷物の種類によって、空港内のどこで受け渡すのか、いくつかのパターンと決まりがあります。ターンテーブルに乗らないものや特に繊細な扱いが必要なものは、それぞれの手順ごとに、ロジスティクス部、航空会社、空港が連携してアスリートへ荷物をお渡しします」

300頭以上の競技馬のコンディションを保って送り届ける

数々の業務の中でも、東京大会で唯一出場する動物、馬術競技の「競技馬」の搬送は一大プロジェクトとなる。今大会に出場する競技馬はすべて海外から受け入れるため、各地の競技馬はまず、ベルギー、アメリカ、オーストラリアに集められる。

田中さんたちロジスティクスが手がけるのは、日本への飛行機の手配から、東京大会期間の厩舎がある「馬事公苑」への搬送まで。

競技馬の運搬に使用される馬運車(JHT提供)

「300頭以上もの競技馬が欧州、北米、オーストラリア経由で、貨物機で入国します。競技馬も騎手と同じく、アスリート。長時間のフライトで到着した競技馬のコンディションを保つため、空港到着後3時間以内に出発して、馬事公苑の厩舎に送り届ける必要があります。しかも飛行機には厩務員の方も同乗していますから、人間の入国手続き・検査も手配しなくてはなりません。
今大会では、海外の馬輸送専門会社と契約して指南を受け、国内の輸送会社をはじめ、通関、検疫、空港、道路といった様々な関係者のご協力をいただきながら搬送オペレーションを設計しました」

国内ではJRA(日本中央競馬会)の協力のもと、冷房完備の馬運車が伴走車を伴い移動する。さらに総合馬術クロスカントリーという種目では、馬事公苑から海の森クロスカントリーコースまで競技馬を搬送。時間帯やルートを綿密に計画することで、競技に間に合うよう届ける。

モノを「最後の最後の」場所まで送り届ける、黒子の存在

スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンといった新競技が加わる今大会。過去大会にならえないからこそ、苦労が絶えないはず。

「繊細なサーフボードが傷まないよう梱包にも細かく気を使っています。また、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンはいずれも屋外競技。競技だけでなくロジスティクスにも天候が大きく影響するので、機動的に対応する必要があると考えています。実際、濡れることを嫌うスポーツクライミングの備品の搬入当日が雨だったので、直前に搬入日の変更を余儀なくされました。オリンピック以外の国際大会にも学びながら、準備を進めているところです」

光を当てられることも多くなく、地道な作業がものを言う物流。この業務に携わり6年たった今、田中さんは最後にこう静かに語ってくれた。

「ロジスティクスは、大会を運営する組織委員会の中でも黒子中の黒子の存在です。だけど、モノは人と違って自ら歩いて移動してはくれない。最後の最後の場所まで送り届けないと大会が成立しません。私たちが尽力することで、少しでも大会の支えになれたらと思っています」

取材・文:船橋麻貴
写真:米山典子


開催直前 東京オリパラの疑問
開催直前 東京オリパラの疑問

開催直前に迫った東京オリパラについて、大会関係者に取材。コロナ禍での安全対策や、開催への賛否がある中での大会の意義、またこれまでどのような準備をしてきたか、などについて聞いていきます。