ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.06.01

2020につなぐスロープ 東京 渋谷区 代々木公園

いまでは段差解消のため多くの場所に設置されている「スロープ」。

日本では2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けバリアフリーの取り組みが盛んに進められています。しかし50年あまり前にはスロープを街で見ることはありませんでした。

障害者スポーツが浸透していなかった日本

社会に増えてきたスロープのある日常

当時の日本では障害がある人の移動手段はほとんど考えられておらず、介助者がいないと外に出ることさえも難しかったのです。東京で初めてパラリンピックが開催されたのはちょうどその頃でした。

地域の人々が支えた東京パラリンピック

パラリンピックの会場は同じ年に開催された東京オリンピックの選手村をそのまま使用することになりました。そこで課題となったのは数多くある「段差」。
選手が寝泊まりする宿舎や食堂、競技場への道などいたる所にあり、車イスの選手にとって移動の妨げになったのです。オリンピックと比べ予算がほとんどなかったパラリンピック。

手作りスロープ

そこで段差解消のために力となったのが地域の人々やボランティア、自衛隊の隊員などでした。車イスで移動する人たちのために資材をかき集め"車イス用のスロープ"を作り上げたのです。板の色はバラバラ、鉄板や木材でできたふぞろいのスロープですが、多くの人たちの思いがこもっていました。

初めてのスロープに感動した近藤秀夫さん(取材当時82歳)

選手として6競技に参加した近藤秀夫さんは、16歳の時に仕事中の事故で脊髄を損傷し下半身に麻痺が残ったため、その後は車いす生活を余儀なくされました。弓の経験があった近藤さんは医師の勧めで、日本で初めて開催される東京パラリンピックに選手として出場することになります。大分県の障害者施設で生活していた近藤さんにとって東京での移動には大きな不安がありました。しかしパラリンピックの選手村に到着した近藤さんが目にしたのは、あの地域の人たちが作った"車いす用のスロープ"でした。「当時、スロープはまだ身近にありませんでした。仲間たちと一緒にスロープを登った時、"これはいいな"と、これがあれば私たちはどこへでも行くことができると思いました」と当時を振り返ります。

外国人選手との"日常生活"の違い

一生、介助者に助けてもらいながら施設で暮らしていくのだと考えていた近藤さん。
「車いすが動くと必ず段差にぶつかる」と諦めていたのです。しかし地域の人々が作ったあのスロープが考えを変えたといいます。
「段差さえ飛び越えることができるのなら、可能性はもっともっと広がる」。

会場のあちこちにスロープ

大会終了後、近藤さんはたった一人で街なかにスロープを取りつける活動を始めます。
鉄板を加工したスロープを手に、道路の段差や交通機関の出入り口など生活に欠かせない場所にスロープを取り付けてもらえるようにお願いをして回りました。当時はスロープの存在が社会に知られていなかった時代。断られても断れてもあきらめず取り組む姿に、少しずつ協力してくれる仲間が増えていきます。それから数年後、近藤さんは多くの仲間たちとともに、街に多くのスロープを設置しました。その風景を見て障害者の未来が開けていくと感じたそうです。
活動は続き、これまでに設置したスロープは数千か所にまでのぼりました。

次の世代に伝わる"思い"(取材当時37歳)

高知市に住む片岡優世(かたおか・ゆうせい)さんは16歳の時に原付バイクの事故で脊髄を損傷、車いす生活を送ることになりました。片岡さんはその後2年間、ほとんど外に出ることもなくひきこもりの生活だったといいます。そんな時に声をかけてくれたのが高知市で活動する車いすバスケットボールチーム"高知シードラゴン"のメンバーでした。練習に向かう途中、片岡さんは街で多くの段差にスロープがかかっていることに気づきます。車いすに乗ってみて初めてわかることでした。「自分も社会に出ることができる」。前向きになれた片岡さんは、その後練習に励み、車いすバスケットボールの日本代表候補に選ばれるまでになりました。そしてスロープが近藤さんによって広まったことを知り、その活動に感銘を受けます。片岡さんはいま、障害がある子どもたちが楽しみながら運動ができるイベントを企画する会社を設立して、障害者スポーツの発展に力を注いでいます。
「近藤さんたちがスポーツの意義や価値を作り上げてくれた。次のパラリンピックでは輝く選手の姿を見た子どもたちが、自分もスポーツをやってみたいと思ってもらえるような新たなスタートになってほしい」。
あの時にかけられた手作りのスロープは人々の思いとなって今もつながっています。

(撮影・文)報道局映像取材部カメラマン 小玉義弘

この記事は、サンデースポーツのコーナー「夢、ここで」に関連して制作したものです。
http://www.nhk.or.jp/tokyo2020/experience/legacy/volumes/17.html


NHK
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