ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2020.01.27

ハンドボールの"シュート職人" ムッシュ 土井レミイ杏利

1988年のソウル大会以来、32年ぶりのオリンピック出場となる男子ハンドボール日本代表「彗星ジャパン」。巨漢ぞろいの外国チームに繊細なテクニックで挑もうとしている「彗星ジャパン」が、重要な攻撃パターンの一つと位置付けているのが、ゴールの両隅からシュートを決めるサイド攻撃です。
キーパーソンは、キャプテンの土井レミイ杏利選手(1989年生まれ)。フランス人の父と日本人の母を持つ選手です。2013年から世界屈指のハンドボール強豪国フランスのプロリーグで活躍し、2019年に凱旋帰国しました。土井選手の武器は、ゴールキーパーの裏を突く巧みなシュート。身長178cmと小柄ながら、高い決定率を誇る"シュート職人"のスゴ技に迫ります。

ゴールキーパーをあざむく「フェイント」

ハンドボールでは、ゴールから6m離れたゴールエリアラインの外側からシュートを打たなければなりません。ゴールの正面に近いセンターからは、様々なコースにシュートを打ち分けることができますが、両サイドに行くほどシュートスペースが狭くなります。土井選手のポジションは、レフトウィング=LWと呼ばれる左サイド。シュートを決めるには、高いシュートテクニックが不可欠です。

土井選手のポジションからゴールを見ると、シュートがねらえるスペースはほとんどありません。にもかかわらず、土井選手は高いシュート成功率をあげています。フランスプロリーグ時代のシュート成功率はリーグトップの76%、驚異的な数字です。土井選手は、どうやってシュートを成功させているのでしょうか。まずは、土井選手のサイドシュートを動画でご覧ください。

土井選手はシュートの際、ゴールに向かってまっすぐジャンプするのではなく、センター方向に斜めに跳んでいます。そうすることで、ゴールキーパーの脇にわずかなスペースを生み出し、シュートコースを広げているのです。

土井選手がボールを持つ右腕に注目して、もう一度動画をご覧ください。実際にシュートを打つ前にシュートを打つふりをしているのが分かります。フェイントという動作です。ゴールキーパーは、土井選手のフェイントの動きを見て即座に動いてしまったため、実際のシュートへの反応が遅れ、ゴールを許してしましました。土井選手は、フェイントでゴールキーパーの守備をかく乱し、自分のねらい通りのスペースにシュートを決めているのです。土井選手のフェイントテクニックをじっくりとご覧ください。

土井レミイ杏利選手

土井レミイ杏利選手
シュートを決め切るためには、キーパーとの駆け引きが重要です。キーパーは、シュートする手の出どころに付いてくるので、こちらが上から手を出すと、上を止めにきます。そこで、一回フェイントを入れて上を見せておいて、そこから思いっきり下にもってゆく。あるいは、キーパーを右にいかせて左に打つ。0コンマ何秒の世界なんですけど、フェイントによってキーパーは間に合わなくなるんです。

手首だけでタイミングをはずす超絶のスゴ技

土井選手の代表的なシュートテクニックをさらに見て行きましょう。次は、強いスピンをかけたボールをキーパーの届かない位置でバウンドさせてゴールを決める「スピンシュート」です。

「スピンシュート」を可能にしているのは、土井選手の柔らかい手首と鍛え抜かれた太い腕。足のふくらはぎにあたる土井選手の前腕の筋肉は、内側に大きくせり出しています。

内側に大きくせり出した土井選手の前腕の筋肉

土井レミイ杏利選手
スピンシュートは、手首だけでタイミングをずらす技術です。キーパーにタイミングを合わされそうだな、ゴールの角度もないな、というときに使います。1対1のとき、キーパーはシュートを止めるために前に出て来ます。でも前に出るとキーパーの裏に大きいスペースが生まれるんです。そこで、前に出てくるキーパーの裏をねらって、届かないところに回転をかけてボールを置くっていう感じですね。

柔らかい手首と鍛え抜かれた腕だからこそできる、土井選手のシュートテクニックをもう一つ。自分のチームの選手がペナルティで退場していたり、相手の堅い守備に阻まれて攻めあぐねている時などに、サイドからセンターに回り込んでシュートを打つときがあります。そんな時に土井選手がよく使うのが、ディフェンスの選手の陰に隠れた位置からシュートを放つ「ブラインドシュート」です。

土井レミイ杏利選手
キーパーから見えにくいよう、ディフェンダーの陰に隠れて打つシュートです。意識していることは、床ぎりぎりの低い位置からボールを投げること。ディフェンダーは、シュートを打たせまいと正面からつぶしにくるんですが、足元の方には手が届きません。相手の身長が高ければ高いほど、床から手が遠いんです。だから、自分の姿勢を低くもっていきます。下からボールを投げようとすれば、キーパーは下の方にボールを取りに行こうとしますから、その瞬間に、手首の力でゴールの上の方に向けてシュートを打つんです。

高いシュート成功率の秘密は、独特のめい想法

フランス プロリーグ時代の土井選手(2015年)

実は、土井選手がサイドのポジションについたのは、フランスのプロリーグに加入した2013年から。以来、ゴールキーパーとの駆け引きと高度なシュートテクニックが求められるサイドプレーヤーの技を地道な努力で磨き上げてきました。土井選手に高いシュート成功率の理由を聞くと、思いがけない答えが返ってきました。世界のトップアスリートの多くが導入している「マインドフルネス」と呼ばれる独特のめい想法によって、集中力を高められるようになったためだというのです。

土井レミイ杏利選手
「マインドフルネス」に出会ってから自分が変わったのが分かります。試合がある日は、一人で部屋を暗くして、音楽を流しながら呼吸だけに集中します。7秒でゆっくり息を吸って、1秒止めて、10秒かけて吐き切る。そして、頭で余計なことを考える自分を排除して、無我に入る。思考するんじゃなくて、何も考えないで感じる。すると、恐怖心やプレッシャーがなくなって、ポジティブになれるんです。体のコンディションが同じでも、メンタルが良いときと悪いときでは、結果が全く違うんですよ。

男子ハンドボール日本代表「彗星ジャパン」(土井選手は前から5番目)

土井選手が、試合の際に自分に言い聞かせている言葉があります。「自分を下げない。シュートミスをしても気にしない。むしろ、失敗したときほど堂々として、もっと自分にボールを回せと胸張る」。東京五輪の舞台で世界の強豪に挑む男子ハンドボール日本代表「彗星ジャパン」。そのキャプテンとしてチームを引っ張る土井選手の堂々としたプレーに期待が膨らみます。

※この記事は、2019年12月16日にNHK SPORTS STORYで公開された記事です。


NHK
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