ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.03.20

石川県から全国に広がった競技トランポリン

日本の競技トランポリンの歴史は、50年前に石川県からはじまりました。その旗振り役として活躍したのが、金沢学院大学の塩野尚文名誉教授(金沢学院大学クラブ総監督)です。今回は、塩野さんの愛弟子でもある、金沢学院大学クラブの丸山章子監督(日本体操協会トランポリン女子強化本部長)に、石川県におけるトランポリンの歴史と広がりについて、語っていただきました。

トランポリン普及の第一歩は、「ママさん教室」から

丸山監督は、シドニーオリンピック6位という経歴を持つオリンピアン

塩野先生がトランポリンに出会ったのは、1960年、天理大学の器械体操部に所属していた頃です。当時のトランポリンは、体操の練習器具だったそうです。「これはいろんな人に楽しんでもらえる」と思った塩野先生は、トランポリンの普及をライフワークにされました。

昭和50年代前半、塩野先生による「ママさん教室」の様子(金沢学院大学提供)

東京オリンピックが開催された1964年、石川県に戻ってきた塩野先生は、石川県立飯田高校(珠洲市)の教員となり、トランポリン部をつくりました。1974年には、石川県トランポリン協会を発足させました。「どうやってトランポリンを普及させようか?」と考えた塩野先生が目をつけたのは、専業主婦でした。時間ができたママさんたちを対象に、運動不足解消のための「ママさん教室」を開講したんです。楽しみながらトランポリンに親しんでもらうことで、競技人口の裾野を広げることが目的でした。

「ママさん教室」には、子どもたちもついてきます。そうすると、子どもたちは、母親と一緒に「自分もやりたい」と思うわけです。その子どもたちをトランポリンの選手候補にするのが、先生の狙いでした。私(丸山監督)も、そのパターン(笑)。3歳の頃に母親と一緒に塩野先生の「ママさん教室」に行ったのが、トランポリンとの出会いでした。その後、選手となり、2000年にはシドニーオリンピックに出場するのですが、まさに塩野先生の思惑どおりに育成対象となったわけです(笑)

レクリエーション・スポーツとしての広がり

丸山監督も塩野さんに見出された一人

その後、塩野先生は、石川県立体育館の職員になりました。先生は体育館職員を務めながら、ジュニアのトランポリンクラブを立ち上げます。先生がすごい点は、二つのクラブを競わせたところです。これによって、選手のレベルは上がっていくわけです。また、トランポリンを学んだ「ママさん」たちが、指導者として県内で活動をはじめました。こうした草の根運動のような取り組みを通じて、石川県のトランポリン競技人口は増えていったんです。

塩野先生は、もっとトランポリンを広めるため、レクリエーション・スポーツとしての楽しみ方を考案します。それが「シャトルゲーム」です。2台のトランポリンで二人の選手が交互に跳びながら、一つずつ技を増やしていくゲームです。Aをやったら、次はAとB、その次はAとBとCのようにだんだんと技が増えていきます。かつては、全国スポーツ・レクリエーション祭の種目としても採用されていました。塩野先生は、トランポリン普及のために常にこうしたアイデアを考えていたんです。

塩野先生は、トランポリンのさらなる普及のために、空中感覚を養う「エアリアル・トレーニング」として広めていくことを考えます。そこで考案されたのが、いまも全国で行われているバッジテストです。自分の上達ぶりをチェックできるバッジテストは、競技をやるうえでのモチベーションにもなります。また、空中感覚は他のスポーツにも活かせるため、多くの子どもたちが受けにきます。中には天才児がいるんです。塩野先生の狙いはそこです(笑)。バッジテストは、普及と同時に才能ある選手発掘の場でもあるんです。

バッジテストの競技順番と級

トランポリンは石川県方式で全国へ

丸山監督と金沢学院大学クラブの選手たち

塩野先生は、トランポリン普及のために「社会体育」として地域での活動を中心に取り組んでこられました。それは、学校の部活だと一貫教育が難しいためです。そこで、見習ったのがスイミングクラブだそうです。スイミングクラブは、地域の子どもたちに水泳を教え、その中から選手を育成していきます。先生がトランポリンでやってきたことも同様です。

現在、金沢学院大学クラブには40人が所属

こうした歴史を背景として、最終的に石川県ではトランポリンが学校に根付きました。24年前、塩野先生は金沢学院大学の教授となり、トランポリン部を指導することとなります。現在の金沢学院大学クラブは、高校生と大学生、約40人が所属しています。その半数は、県外からトランポリンをやるために金沢学院大学を目指してきた選手たちです。

塩野先生が考案した石川県方式によって、トランポリンは全国に広がりました。もし塩野先生の取り組みがなければ、日本のトランポリンのレベルは今ほどになっていなかったでしょうね。50年前に先生がタネをまいたことは、トランポリンという競技にとって、ものすごく大きなことだったと思います。

▼インタビュー映像:
小松イルカクラブの選手と監督が競技の奥深さとこれからの夢を語る。

▼ビューティフルジャパン 石川×トランポリン
https://panasonic.jp/bj2020/ishikawa/

ビューティフルジャパン公開日:2018年03月05日


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