ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.04.11

最初で最後かもしれないパラリンピック、出るからには、パラバドミントンで一番いい色のメダルを

東京2020パラリンピックで、競技種目に初めて加わることが決まった「パラバドミントン」。舞台が東京になったことで、「何としても出場して、出るからには一番いい色のメダルを取りたい」と意気込む選手が福岡県にいる。パナソニックの社員であり、パラバドミントンの強化指定選手でもある小林悦子さんだ。

パナソニックの社員として働く一方、2009年に車いすバドミントンと出会い、今では日本障がい者バドミントン連盟(JPBF)の強化指定選手に。「2020に向けて1年1年が勝負。まずは日本代表として大きな大会に出場するためにも、強化指定選手に選ばれ続けることに注力します」と日々練習に励む。

小林さんは、パナソニックの社員であると同時に、JPBFの強化指定選手

スポーツと無縁の人生を変えたのは、車いすバスケット

悦子さんの右手足には、2歳の時に患ったはしかの後遺症で麻痺が残る。歩くことはできたが、子どもの頃からスポーツとはまったく無縁の生活を送っていたといい、「体育の授業は見学するのが当たり前になっていましたし、その頃は自分がスポーツをするということはまったく頭にありませんでした」と振り返る。

そんな悦子さんに転機が訪れたのは、高校卒業後に進んだ職業訓練学校時代。「同級生だった車いすバスケットボールの有名選手に、たまたま誘われたのがきっかけで、車いすバスケットを時々プレイするようになったんです。最初はあくまでも遊びでしたが、就職後しばらくして見学に行った車いすバスケのチームで、後に恩師となる方に『有名選手になるとモテるよ』って言われて...(笑)。そこから本格的にチームに入り、練習を始めました」

運動神経は決して良い方ではなかったというが「少しずつ出来ることが多くなっていくと徐々にやりがいを感じていきました」という悦子さん。少しでもチームの役に立ちたい、試合に出るからにはライバルに負けたくない、と日々練習に明け暮れ、いつの間にか車いすバスケット日本代表に選ばれるまでに成長した。

"負けん気"に火をつけた、車いすバドミントンとの出会い

ところが、結婚によるライフスタイルの変化などにより、競技に対するモチベーションを保つのが徐々に困難に。しばらく、バスケットはおろか、スポーツをしない日々が続いたという。そんな時に出会ったのが「車いすバドミントン」だった。

「少し体を動かしたいなと思い始めた頃に、たまたま友人に誘ってもらい近所で活動しているバドミントンチームの練習に遊びに行きました。もともとバスケット経験があったので車いすの操作・動きには自信があったのですが、ラケットを操りながらコート内を動き回りシャトルを打つというのは想像以上に難しく、始めて間もない頃にいきなりエントリーされた試合で、ほとんどポイントを獲れずに負けたことは印象に残っています」

いまでは、週7日ラケットを握る生活を送っている

散々な試合結果は、悦子さんの"負けん気"に火をつけた。「うまくなりたい、試合に勝ちたい」という一心で練習を重ね、週2~3回だった練習は、いつの間にか平日は毎日2時間、土曜日は終日に。今では週7日ラケットを握ることも当たり前になりつつあるという。

車いすバドミントンでは、ラケットを持ちながらの素早いチェアワークはもちろん、どこにシャトルを打つか、といった"戦術"が勝負を大きく左右する。悦子さんも1年ほど前からコーチに付いてもらい、自分の得意技である「カットショット(※)」を活かすためにはどのような配球をすればいいのか、自分の弱点はどこにあるのかを意識して練習に取り組んでおり、「戦術面を工夫するようになると、以前は勝てなかった相手にも試合で勝てるようになってきました」と手ごたえを感じている。
※カットショット:ラケットの面をシャトルに対して斜めに当てて打つショット。ネットを越えて急激に落ちる

夫婦で目指す、東京2020パラリンピック

パラスポーツへの熱い思いを語る、小林さん

練習を通じて直面する "壁"もあるという。「練習のために体育館を借りようとしたら、『(床が)傷つくから』という理由で車イスの利用を断られたことがあり、まだまだ障がい者、パラスポーツへの理解が深まっていないと感じます。1人1人の理解を深めるためにも、パラリンピックのワールドワイドスポンサー・自治体・国には、ハードとともに意識を含めたソフトの面でも改善をして頂ければ嬉しいですね」

熱い思いを持って、競技と向き合ってきた悦子さん。そんな彼女の姿に魅せられて、いつのまにか夫・幸平さんも車いすバドミントンを始めるようになった。今では夫婦そろって強化指定選手となり、互いに支え合いながら東京2020パラリンピックへの出場を目指す。

「主人とは、いい練習パートナーとして、いいライバルとして切磋琢磨しています。お互いシングルス・ダブルスでメダルを獲ることを目標に頑張っていますが、夫婦でミックスダブルスの代表として出場しメダルを獲れたら最高ですね」

▼インタビュー映像:
パラバドミントンでパラリンピックを目指すパナソニック社員。大きな目標に向け、ひたむきに自身の限界に挑戦しています。

▼ビューティフルジャパン 福岡×パラバドミントン
https://panasonic.jp/bj2020/fukuoka/

ビューティフルジャパン公開日:2018年02月27日


Panasonic
Beautiful JAPAN towards 2020

「ビューティフルジャパン」は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向かって、この美しい国をひとつにするプロジェクト。日本全国のアスリートたちのチャレンジを応援していきます。