ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.08.24

3人合わせて185歳! 結束力で挑む東京2020パラリンピックのブラインドマラソン

女子ブラインドマラソンの先駆者である西島美保子選手。東京2020パラリンピックでは65歳を迎えるが、メダルの有力候補として期待されている。その西島選手の"目"としてレースを支えるのが、伴走者の溝渕学さんと鍵修一さんだ。3人の年齢を足し合わせると185歳。「金メダルを獲ったらギネスやな」と笑い合う。東京2020パラリンピックまで残すところ2年。年齢をもろともせず日進月歩で走る技術をアップデートしている3人に、現在地そして目標について、2018年7月下旬に行われた菅平高原の合宿で聞いた。

いまはスピードを鍛える時期。伴走者二人のアドバイスが刺激に

競技の普及をはじめ伴走者養成、選手強化に取り組む日本ブラインドマラソン協会(JBMA)では、強化指定のトップランナーを対象にした合宿を実施している。2018年7月20日から24日にかけての合宿では、長野県菅平高原で東京2020パラリンピックの出場を目指す選手たちが、厳しい暑さのなか、それぞれの課題と向き合いながら5㎞から40㎞までの走り込みを重ねていた。

女子ブラインドマラソンのパイオニア、西島美保子選手

参加メンバーのなかでも、コーチ勢からも一目置かれている西島美保子選手。女子ブラインドマラソンのパイオニアであり、ベテランだが合宿では常にひたむきな姿勢で練習に臨んでいる。いま注力していることについて、西島選手は次のように話す。

「3km・5kmの短い距離を交えながら、30km・40kmの距離走にも取り組んでいます。スピードを早めていかないとレースの全体の底上げにならないので、そこを意識して走り込んでいます。また、距離を走り切ることを目標にするのではなく、その日の体調をふまえた戦略的なレース運びもしていきたいと考えています」(西島選手)

マラソンランナーは、基本的に自分自身との対話を重ね技術を高めていく。これは孤独な戦いではあるが、もちろんコーチや監督からの指導によってパフォーマンスは向上するものだ。それに加えてブラインドマラソンでは、伴走者という側で走りを支える強力なパートナーがいる。西島選手も専任でつく伴走者の二人から、時には耳の痛い指摘を受けながら練習の質を磨いているという。

伴走者からは、時に耳の痛い指摘も受ける

「意図がない走りをしてしまったり、失敗を恐れて走りきらなかったりすると、伴走者の溝渕さんと鍵さんから厳しいアドバイスを貰うこともあります。何度も指摘されているのに、なんで思うようにできないのかなと落ち込むことも。とはいえ手厳しいこともズバッと言ってくれる味方が二人もいる自分は本当に恵まれているなと思います」(西島選手)

伴走者からの厳しい言葉も真摯に受け止める西島選手だが、リオ2016パラリンピックでは、無念の途中棄権という結果に。レース35㎞に差し掛かる手前で意識がなくなり、目が覚めると医務室だった。その時の後悔を「リオでは調子はよかったのですが予想外に苦戦してしまいました」と振り返る。

「調子のいい時にも油断せず、悪い時にはどうやって乗り越えるのか考えるようになりました。抜け出す糸口は練習にあると思うので、もっと追い込んで自信をつけていきたいです。最近は体幹を鍛える、食べる量を増やすなど新しい試みにもチャレンジしているので、過酷な暑さが予想される東京2020パラリンピックに備えていきたいです」(西島選手)

東京2020パラリンピックはハイレベルなレースになる

合宿でも息の合った走りを見せていた三人

西島選手が絶大な信頼を寄せる伴走者の溝渕さんはレース前半、鍵さんは後半の伴走を担当する。ともに仕事を抱えながら合宿には欠かさず参加。とりわけ溝渕さんは西島さんの伴走者を務めるようになってから10年以上とあって経験値が高く、合宿に参加するメンバーから"師匠"と呼ばれるほど。バイタリティ溢れる二人だが、ともに東京2020パラリンピックでは60歳。しかし、メダルにかける想いは西島選手と同様に熱い。

西島さんに「ファイティングスピリッツを持ってほしい」と話す伴走者・溝渕学さん

「伴走者のスタンスはそれぞれで、練習のアドバイスやレースのフィードバックのアドバイスはせずに、練習やレースの時にも選手の"目"として参加する人もいます。ただ、長年の付き合いで西島選手に足りないところや、いいところが見えてくるので、積極的に指摘するようにしています。たとえば1kmを4分で走れるときも、目標を4分10秒にしてしまうので、失敗してもいいから攻めてほしいと粘り強く伝えていますね。謙虚すぎるところがあるので、ランナーとしてのファイティングスピリッツを持ってもらいたいと鼓舞しています」(溝渕さん)

「勝つチャンスはある」と力強く語る、伴走者・鍵修一さん

溝渕さんと意を同じくする、鍵さんは西島さんの走りを次のように考察する。

「上手にまとめるレースだけではなく、ゴール後にふらふらに倒れ込むような冒険の走りを練習で取り入れてもらいたいです。それが必ずや本番に生きてくると思っています。特に東京2020パラリンピックは、気温と湿度だけで考えても過去のレースと比較すると、最も厳しいものになるはずです。だからこそ、誰にでも勝つチャンスがある。そのチャンスをものにできるかどうかは、日頃の冒険の積み重ねだと思います」(鍵さん)

また、東京2020パラリンピックではランナーと伴走者をつなぐガイドロープの規格が統一され、これもランナーが乗り越えるべきハードルとなる。西島選手もいち早く慣れるため、今秋から本番用のガイドロープをトレーニングに取り入れていくという。

目指すは金メダルのみ! 応援してくれる人に結果をみせたい

東京2020パラリンピックの勝機については、「100ある西島さんのパワーのうち90出せれば勝てる」と自信をのぞかせる溝渕さん。選考レースは2019年に実施されるが、鍵さんは「それをゴールにしてしまうと本大会には絶対にたどり着けない」と気を引き締める。最後に、レースへの意気込みを聞いた。

2020年を見すえて今後の意気込みを語る、鍵さん。

「日本には震災や水害で被災している人がたくさんいます。ハンデを背負いながらも努力で世界の舞台に立つ西島選手の存在は、そうした人たちの自信につながるはずです」(鍵さん)

伴走者としても勇気を与えたいと話す、溝渕さん。
2020年には、3人合わせて185歳! 結束力で頂点を目指す

リオの悔しさを乗り越えて前を向く西島選手。経験と知見を充分に蓄えたベテランたちの夢は、東京2020パラリンピックへ一直線。目指すは最も輝く色のメダルのみだ。


■溝渕 学 選手プロフィール
1960年生まれ、兵庫県神戸市出身。 1986年パナソニック株式会社入社。 2001年の阪神大震災に関連するボランティア(希望の灯を全国に)に参加し、走ることで人の役に立つことができることを体験し、伴走を始める。 2004年ウルトラマラソン世界選手権に参加し自己ベストを記録(7時間18分12秒)、2005年四万十川ウルトラマラソン(7時間19分19秒)準優勝 西島選手の伴走者としてリオデジャネイロ2016パラリンピックの前半に参加。 マラソンの自己ベスト記録は2時間34分02秒(1994年)

■西島 美保子 選手プロフィール
1955年生まれ、福井県南越前町出身。 黄斑変性症のため、視力は両眼共に0.02の弱視。 夫が楽しそうに走っている様子を見て自分もやってみたいと思い、46歳でマラソンに挑戦。 2016年にロンドンで行われたマラソン世界大会で2位に入賞し、リオデジャネイロ2016パラリンピックに出場するも途中棄権となった。 自己ベストは3時間11分33秒(2003年)

■鍵 修一 選手プロフィール
1960年生まれ、奈良県吉野郡出身。 1999年に原爆被爆者が肥満解消として伴走者と走る番組をTVで見て、「いつかは人の為に」と思ったことがきっかけで伴走者としてマラソンを始める。 2009年の四万十川100キロウルトラマラソンで総合優勝、2009年、2011年のさくら道国際ネイチャーラン250キロでも総合優勝を果たす。 マラソンの自己ベストは2時間42分42秒(2010年)


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