ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.08.24

伴走者、そしてコーチとして、視覚障がい者ランナーに寄り添う

東京2020パラリンピックへの出場を目指す、女子ブラインドマラソンランナーの西島美保子選手を伴走者として支えているのがパナソニック・エコソリューションズ社員の溝渕学さんです。最初は"一緒に走るだけ"だったが、徐々にコーチングにも注力するようになったとか。伴走者という役割のやりがい、パートナーとして大切にしていることについて語っていただきました。

レースに勝つため時には厳しく叱咤激励も

マラソンは趣味だったと語る、溝渕学さん

伴走者として西島美保子選手とはじめてレースを走ったのは、2006年の大阪国際女子マラソンでしたね。友人の紹介で代役として参加したんです。マラソンは趣味のひとつだったので、個人で大会に出場していました。とはいえ、市民ランナーとして自己ベストを少しでも縮めることを目標に走っていました。大会でいい結果が残せなくても、誰に責められるわけでもないので気楽なものでした。西島選手の伴走を担当することになった時も、走ることで自分が人の役に立てるということで協力しましたが、「西島選手が完走できればいい」くらいのモチベーションだったんです。

選手と伴走者をつなぐガイドロープ

伴走者に求められることは、ランナーの「安全」と「走りやすさ」です。そこは、選手にあわせて走り方やガイドロープの持ち方を工夫するなど技術力の部分であり、伴走者の努力で高める必要があります。ただ、西島選手と一緒に走ってみると、西島選手のポテンシャルと内に秘めた闘志をひしひしと感じました。そこで、私はもう一歩踏み込んで積極的にコーチングを行おうと考えるようになりました。というのも、西島選手はプレッシャーに弱いところがあると感じたからです。

たとえば、リオ2016パラリンピックでは、メダルの有力候補でしたが無念のリタイアという結果に終わってしまいました。西島選手も市民ランナーとして長らく活躍してきたタイプなので、もしかしたら勝負としてのマラソンレースに適応しきれていないのかなと感じることが多々ありました。実力があるのに、その実力を発揮しきれないところにもどかしさを感じることも。また、性格も控えめなので勝負の意識を持ってもらうよう、あえて厳しく接するように。いつしか「このままだったら勝てない」と粘り強く叱咤激励するようになりました。

リオ2016パラリンピック出場で家族が認めてくれるように

伴走者の鍵さん(左)と相談して西島選手へのコーチング内容を練る

そもそも伴走者がレースから離れたところで、どこまでアドバイスするべきかについては、各選手と伴走者に委ねられています。私も市民ランナーレベルのスキルなので、専門的なことは分かりません。そのため、もう一人の専任伴走者である鍵修一(かぎ・しゅういち)さんに、西島選手に何が足りないのか、どのようにアドバイスするべきかを相談しながらコーチングの内容を練ってきました。試行錯誤でサポートしてきましたが、西島選手が納得できる走りができたときには、伴走者としてのやりがいを感じます。

リオ2016パラリンピックで、溝渕さんの意識も変わった

かくいう私自身、日本を背負う覚悟を持ったのはリオ2016パラリンピックに向けて西島選手が強化選手に選ばれ、「リオに一緒に行ってください」と言われた時からです。それまで、ワンシーズンのわずかな期間だけ練習するだけでしたが、強化選手に選ばれて、いよいよ国際大会に照準をあてたトレーニングがスタート。日本を背負って走るということ、レースで勝つことが義務付けられるということ、勝負の世界に身を置くことの厳しさを目の当たりにして、意識が変わりました。

平日に合宿や遠征が重なることもありましたが、所属部署も活動について理解してくれていたので仕事との両立は難しくはありませんでした。いま振り返ると、どちらかというと家族のフォローが必要だったかもしれませんね(笑)。それまでも市民ランナーとして個人でレースに出場していたので、休日は家を不在にしがちでした。個人で活動していた時は「自分ばっかり」と不満を漏らしていた妻も、伴走者としてパラリンピックに出場することが決まって以降は態度も一変(笑)。いまでは娘と一緒に応援してくれています。

2019年の選考レースが勝負の第一関門

「西島選手は若手選手に実力で負けていない」と溝渕さんは言う

東京2020パラリンピックまで約2年となりましたが(2018年8月現在)、まずは選考レースを勝ち抜く必要があります。リオ2016パラリンピックにくらべると選手層も厚くなっていますし、実力ある若手選手も増えています。西島選手は年齢こそ高いですが、実力的には負けていないので、ここぞという時に勝てる選手へ飛躍するように後押ししたいと考えています。

厳しいことも言える信頼関係を築いてきた溝渕さんと西島選手

おそらく東京2020パラリンピックは、暑さとの勝負になると思います。リオでの失敗も、暑くてしんどくなってきた時に、なぜペースを落とさなかったのか西島選手がうまく判断できなかったことが原因でした。ちゃんと見極められるようになったら、負けることはないと確信しています。そして、その見極め力は経験によって育まれるものだとも。

まずは、2019年の選考レースが第一関門にはなりますが、残された時間で何を意識して練習しないといけないのか、西島選手自身が明確にできるようになれば、向かうところ敵なしだと思います。最近は「ちゃんとやらなあかんで!」と厳しいことばかり言っていますが(笑)、レース以外のところでもパートナーとして伴走していくつもりです。

■溝渕 学 選手プロフィール
1960年生まれ、兵庫県神戸市出身。 1986年パナソニック株式会社入社。 2001年の阪神大震災に関連するボランティア(希望の灯を全国に)に参加し、走ることで人の役に立つことができることを体験し、伴走を始める。 2004年ウルトラマラソン世界選手権に参加し自己ベストを記録(7時間18分12秒)、2005年四万十川ウルトラマラソン(7時間19分19秒)準優勝 西島選手の伴走者としてリオデジャネイロ2016パラリンピックの前半に参加。 マラソンの自己ベスト記録は2時間34分02秒(1994年)


Panasonic
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「ビューティフルジャパン」は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向かって、この美しい国をひとつにするプロジェクト。日本全国のアスリートたちのチャレンジを応援していきます。