ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.11.05

目指すは、世界一。家族の夢を乗せて、レーサーをこぐ。

伊藤竜也(いとう・たつや)さん。地元の福井県福井市を拠点に活動する、陸上競技(T52)の選手だ。2018年7月に行われたジャパンパラ大会、男子100m(T52)の優勝で注目を集める彼を追って、仲間と練習をする鯖江市東公園陸上競技場を訪ねた。

17歳のときにバイクで事故に遭ってから、車いす生活。競技を始めるまでは、目標という目標はなく、ただ毎日が楽しくて平和であればそれでいいと思っていたそう。そんな日常が変わったのは、約2年前。福井県のスポーツ大会に参加したとき、アテネ2004パラリンピック 陸上400m、5000m、マラソン(T52)の金メダリスト、高田稔浩(たかだ・としひろ)さんに、ある言葉をかけられたからだ。

「(高田さんから)『君のクラスだったら東京パラリンピック行って、メダル取れるよ』ってあっさり言われまして。自分の中で半信半疑だったんですけど、メダリストが言ってくれたってことは、それだけやっぱり根拠もあるし、本当かなって」。同郷のパラリンピアンの言葉は、伊藤さんのチャレンジ精神を刺激した。

高田さんは当時を振り返る。「彼自身もそれまでの生活で自分なりの楽しみを、見出していたようなんですけれども、こちらから見る感じ何かもったいないな、まだまだ何か伸ばせる長所があるんじゃないかなって。自分たちは陸上をやっているもんですから、陸上をやってみないかと誘いました(高田さん)」

「事故前からあまり人に手を借りることが苦手というか、得意じゃなかったので。陸上に関しては自分で練習したいと思ったタイミングで練習できますし、1人で全部できるので、そこに魅力を感じて(伊藤さん)」。

バイクに乗っていたなら個人競技である陸上競技に向いてるかもしれないという、高田さんの読みは当たっていた。

競技では、高速走行が可能な「レーサー」と呼ばれる競技用車いすを使用する。操作方法を、伊藤さんに教えてもらった。

「グローブを着けて、ハンドリムっていう動力の部分を『叩いて滑らす』。通常の車いすだと『握って回す』ですけど、レーサーは『叩いて滑らす、叩いて滑らす』の繰り返しです」

「短距離にしても長距離にしてもやっぱりスピードが魅力なので、スピードメーターとにらめっこしていると、自分の調子いい時、自分の調子悪い時が全部スピードで分かります」。スピードメーターは同時に、調子のバロメーターでもあった。

「メダル取れるよ」という言葉がきっかけで競技を始めた伊藤さん。競技を始めて半年ほど経った2017年3月、仕事を辞めるという大きな決断をした。「練習量を増やさないと、これはちょっとまずいと思って、でも練習量を増やそうと思ったら、何かを削らないといけないなっていう風に思ったんです」

仕事を辞めようと思って、2週間後に退職。2018年3月に新日本工業からの支援が決まるまで、1年間無職になった。妻の智美(ともみ)さんは当時を振り返る。「(仕事を辞める)衝撃と、あぁやっぱりか......っていう両方ですかね。突然辞めるって言ったわけじゃなくて。その葛藤も知ってるんで『あ、辞めちゃうんだ』っていう衝撃というよりは、やっぱりねっていう感じの方がちょっと大きかったかなとは思います(智美さん)」

父親としては満点。智美さんは、家での伊藤さんのことを教えてくれた。「できないことがないんですよね。だから料理もするし、洗濯もするし、掃除もするし。掃除なんかでいうと彼の方がきれい好きなんでもうすごくやっちゃうし、どっちかが仕事してるから偉いとか、どっちかが休みだから『しろ!』っていう感じではないのかなと思います(智美さん)」

家族に対してカッコよくありたい、優しくありたい。伊藤さんが、心がけていることだ。「うちの妻に対しては、ずっと好きでいてもらいたいので。子どもに対しては、まだ4歳なので、どこまで物心ついてるか分からないですけど、やっぱり車いすに乗っているっていうことは事実。そこに対してマイナスをプラスに変えられるように自分がカッコよくありたいとか、娘が自慢できるようなお父さんでいたいなって、いつも思っています」

伊藤さんの夢は、家族の夢になっている。智美さんは言う。「私もそうですし、娘も。走り回ってる旦那さんや、走ってるお父さんが大好きで。(自分が伊藤さんを)応援してると、娘も一生懸命応援するので、東京のパラリンピックでは2人で応援していたいと思います(智美さん)」

元々は誘われる形で入った陸上の世界だったが、伊藤さんにとって唯一無二のものになった。「陸上は、やっぱり楽しい。また乗りたいって思いますし、自然と飽きずにできているので」。そう、伊藤さんは話す。

「東京でメダルを取ることしかもう考えていないです。東京に出場とかそういうことではなくて、結果しか見てないので、そこだけです。世界一、って言いたいですね」。東京2020パラリンピックまで、あと2年。今度は伊藤さん自身が、この競技における唯一無二の存在になる番だ。

▼インタビュー映像:
見据えているのは東京2020パラリンピック。この舞台で「世界一」と言いたい。


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