ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.08.06

ボートに教わった「努力は報われる」ということ。努力で「才能」を超えていく

中野紘志(なかの・ひろし)さん。茨城県競技力向上対策本部で働きながら、オリンピック2大会連続出場を目指すボート競技の選手だ。これまでの競技人生や今後の目標、東京2020オリンピックへの思いなどを聞くため、トレーニング拠点とする茨城県潮来市の市立ボートセンター「あめんぼ」に向かった。

世界で活躍するアスリートの中には、幼少期から競技種目一筋の英才教育でトップアスリートへの階段を上っていく選手もいるなか、中野さんがボート競技を始めたのは、大学に入ってから。それまで様々なスポーツに挑戦した。3、4歳から小学校卒業までは水泳。中学ではサッカー。高校ではテニスと陸上。どれも大きな結果を残すことはできなかったという。

「中学とか高校のときは、勉強ができるか、スポーツができるか、モテるか、三つのうちひとつでもあれば、『自分に自信が持てる』という勝手な思い込みがあったんです。そんなに勉強はできないし、部活は全然ダメだし、顔は顔だしみたいな。何かひとつ取り柄が欲しいと思って。今ではボートが取り柄になってくれてよかったなと思っています」

取り柄が欲しい。スポーツに対するモチベーションは、アイデンティティの希求でもあった。

「自分が今死んだり、いなくなったりしたとき、『中野紘志はこういう人だった』というものが、できるだけ分かりやすくシンプルでありたくて。例えば、『ボートで日本一になった人だよ』とか、『オリンピックに行った人だよ』とか。できるだけ分かりやすい人間になりたいと思っています。そのためにボートを漕いでいる」

自分が何者かを証明したい。そう思う中野さんは、「才能」という言葉が嫌いだったという。
「努力すれば才能ってやつもやっつけられるんじゃないか。そう思って努力してきたんですけど、報われなかった期間が長かったので、『俺は才能がないんだ』っていう。測れもしないし実態もわからない。でも確実に自分を苦しめている。才能って言葉がすごく嫌いでした」

いろいろな有名選手が「努力は裏切らない」、「報われない努力はない」と言う。それでも自分の努力だけは報われない。悔しい思いや報われないストレスを抱えながら努力を重ね、リオ2016オリンピックに出場したとき、中野さんはあることに気づいた。
「いつかはわからないけど、努力は必ず報われるということ。『努力は報われる』だけでは、言葉として短すぎるんだなと思います」

そのことに気づいたのは、幼少期から様々なスポーツに挑戦してきた経験も大きいという。
「水泳を頑張っていたときの持久力がボートにつながるなんて、予想していませんでしたから。でも確実につながっていますし、そのおかげでボートをやめずに、諦めずに、続けられた。努力は、いつか報われる。10年後かもしれないし、20年後かもしれない。いつかわからないけど、必ず何かになる。残る。誰かに伝えられる経験になる」

努力が、期待する形で報われなくても、自分にとって発見になる。

「報われなかった努力たちが自分に向いていないものをはっきり教えてくれて、そのおかげでボート競技を見つけることができたと思っているので。無理なものは無理なんですけど、本当に無理かどうかは、一生懸命にやってみないとわからないし、一生懸命やったかどうかは自分にしかわからない。とりあえず一生懸命やるしかないですね」

中野さんの努力は、近くで支える妻の千尋さんにも伝わっている。
「こんなに頑張れる人って、あまりないかなって思います。頑張っていても報われなかったらやめたくなるじゃないですか。朝4時半に起きて練習するのをずっと繰り返しやっていますし、アスリートとしてすごいなって。夫としては、一緒にいてすごくおもしろいです。家だとずっと一人で親父ギャグを言ってるぐらい。私から好きになってますから。もう彼がいなかったら生きていけないです、私(笑)。やばいですね」(千尋さん)

中野さんにとっても千尋さんは、なくてはならない存在になっている。
「勝つとか成功するとか、そういうとこ以外の喜びとか幸せがあるってことを教えてくれる人。暗い時期がある中でも光を差してくれる。真っ暗ではないってことを教えてくれるのが、妻の存在かなと思っています」

東京2020オリンピックでメダルを獲る。それは家族の夢。

「主人すごく頑張ってますし、できれば東京2020オリンピックでメダルを獲って欲しい。私ができることなら何でもするので、悔いのないように全力で頑張って欲しいなって思いますね」(千尋さん)

以前は、報われなかった努力たちの鬱憤を晴らしたい。その思いをエネルギーにしていた中野さん。リオ2016オリンピック出場後は、そのエネルギーはなくなってしまったそう。今はプレッシャーをエネルギーに変えて、東京2020オリンピックを目指している。
「辛いというと優しすぎますけど、自分の夢を叶えるためには、たくさんの人の夢をぶっ壊さなきゃいけないので。今はもう今日できることをやって、明日は明日できることやって、という積み重ねです。東京2020オリンピックに向けて、世界一プレッシャーのかかる人間でありながらも、そんなことを考えずに自分のことで頭をいっぱいにしたい。その二つを両立させた人間になりたいと、今は思っています」

今後の目標を尋ねると「人の記憶に残る人になる」という答えが返ってきた。
「いろんな生き方があると思うので、そのひとつとして、こういう生き方もあるんだと伝えたい。ボートっていう競技があるんだよ、ボートっていう選択肢もあるんだよと子どもたち教えたいですし、スポーツだけじゃなくて生き方の面でも、こういう生き方があるんだよっていう。道を作るというか、そういう人になりたいです」
水面に立てたボートの航跡は、時が経てば消えてしまう。しかし、心に立てられた感動という波は、人々の中にずっと残るはずだ。中野紘志はどういう人だったか。「金メダリストだった」。そんな分かりやすくシンプルな答えをつくるため、中野さんは今日も努力を続ける。

インタビュー映像
茨城・ボート篇 努力はいつか報われる。こういう生き方があることを子供たちに伝えたい。

ビューティフルジャパン公開日:2019年06月20日


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