ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
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世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.02.06

平昌から東京へ 冬季パラリンピック4大会連続メダリスト・森井大輝の挑戦

「今年はチャレンジの年」と語るのは、アルペンスキーの森井大輝(座位/LW11)。
パラリンピックイヤーの昨シーズンを終え、新たなスタートを切った。
春に雪山を下りると、忍者のごとく神出鬼没、意外な現場で自分を磨いた。

20年近いアルペンスキーの競技経験を持つベテランに、新たな"刺激"を与えたものとは?
平昌冬季パラリンピック・銀メダリストのその後を追った。

© Getty Images Sport

アルペンスキーヤーのオフシーズン

基本的にオフは取らない。
それが、森井のルーティーンである。
3月にシーズンが終わると、休む間もなく、すぐに次のシーズンに向けての準備が始まる。
東北に移動して、用具の改良に向けてのテストが繰り返される。
チェアスキーの新しいパーツを使っての試走、セッティングの変更...
ミリ単位の微妙な設定の違いがパフォーマンスに大きく影響する繊細な競技。
数センチずらしてみるというような冒険は、シーズン終わりのこの時期にしかできない重要な作業だ。
雪山でのテストは、5月中旬頃まで続く。

一段落つくと、次は体づくりの時期に入る。
森井のトレーニングは、大きく分けて3つ。

①有酸素系 基礎体力を上げるトレーニング
②パワー系 体を大きくしていくトレーニング
③バランス系 ストレッチで体の可動域をひろげるトレーニング

レースがない夏場は、パワーが落ち、全体的な基礎体力も低下するという。
基礎体力を上げるために森井が最初に行うのは、持久力を上げる有酸素系のトレーニング。
ハンドサイクル、言わば、手漕ぎの自転車で、一日2~3時間、ギラギラ照りつける太陽の下、一定の心拍数で走り込む。
自宅近くのトレーニング施設で、国立スポーツ科学センターにあるマシンと同じハンドバイクを使い鍛えることもある。
まずは、心肺機能を上げるということが、その目的だ。
「有酸素系のトレーニングをぐっと突き詰めるというよりは、パワーをどんどんつけていくのが僕のスタイル」という森井は、ある程度まで追い込むと、有酸素運動は一日に60~90分と、少しセーブさせていく。

パワー強化のためのウエイトトレーニングでは、軽いものから徐々に重いプレートへ変えていく。
例えば、ベンチプレスを使ったトレーニング。シーズン初めは110~120kgの重りから始め、徐々に重量を増やし回数も多くしていく。
さらに、肩周りのトレーニングや体幹トレーニングも欠かさない。
シーズンが近づくと、実戦に向けて、筋肉の"まとめ"に入る。
「ウエイトトレーニングというのは、個々の筋肉を鍛えるものなんです。例えば、アームやベンチプレスは大胸筋というように。その個々で鍛えた筋肉を、ロープやメディシンボールを使ったトレーニングなどでお互い連動させ、うまく体を使えるようにして、スキーに直結するように整えていきます」

シーズンに向け、メディシンボールで筋肉を整える

"東京"への新たな挑戦

取材に行った2018年11月末、トレーニングルームで森井が行っていたのは、ベンチプレスだった。
室内の空気が張り詰めている。
器具のそばには、表情こそ穏やかだが屈強なトレー二ングコーチが立っていた。
森井は下半身をベンチプレス台にベルトで固定させ、呼吸を整え、精神を集中して、円い重りのついたバーをぐわっと挙げる。
顔中のシワを寄せ、顔を赤くしながら耐える。
じわっと腕を降ろすと、気持ちを落ち着かせて、録画した動画を確認する。
インターバルを取りながら、徐々にその重りを増やしていく。
パワーリフティングへの本格的な挑戦が始まっていた。

「毎年毎年、スキーという競技の中で、ワールドカップだったり世界選手権だったり目標を立てて戦って来たんですけど、何かそれよりももうひとつ、自分に高い目標を掲げることによって、肉体を退化させずに、より進化をさせて、2022年の北京冬季パラリンピックに臨みたいなと思いました。そこで、自分でも大きく出たなとは思っているんですけど、2020年の東京パラリンピックを目指そうと。もちろん、スキーのトレーニングの一環としてのベンチプレスというものがありつつ、さらに、東京大会でパワーリフティングに出られればいいなと思って、今ダブルでトレーニングをしています」

森井によると、ベンチプレスは一番ベーシックとなるトレーニングで、「健常者でいうスクワットに近いような動き」だという。
筋肉がつくと、スキーで大きく転倒したときに、ある程度体が守られ、スタート台で勢いよく飛び出すためのプッシュも、より力強いものとなる。
そして、雪上という車いすユーザーにとってバリアフルな環境の中で行われるアルペンスキーにおいて、上半身や腕力を鍛えることで、レースに対しての体力を残すこともできる。
筋力強化のため、ベンチプレスをトレーニングに取り入れ、今では、重い重量を挙げられるようになり、それが、競技としてパワーリフティングにチャレンジしてみようという思いにつながった。

パワーリフター、森井大輝

森井は、東京都あきる野市の出身。
2020年には、自分が生まれ育った東京で、パラリンピックが開催される。
これまで、冬季パラリンピック5大会に出場し、パラリンピックがアスリートにとってどういう舞台かをよく知る森井にとって、その場に身を置きたいと思うのは、ごく自然な感情である。それが、一生に一度あるかないかという自国開催ともなれば、なおさらだ。

東京に向けてのファーストステップとして、2018年5月、京都で開催された「第1回パラ・パワーリフティング チャレンジカップ京都」に出場した。
平昌パラリンピック後、例年のように東北でチェアスキーのテストと調整を行っていたため、大会までの練習はわずか3回。
トレーニングとは違い、試合となると、試技を成功させるためのフォームやルールなども熟知する必要がある。
65kg級で出場した森井は、120kgを挙げたが、これはとても満足できるような結果ではなかった。
実践に向けての短い準備期間のなかで、しっかり体を作って臨むことができず、「なんとか間に合わせた」苦いデビュー戦となった。
練習では135kgのバーを挙げている。ただ、試合では勝手が違う。
ベンチプレスで3度の世界チャンピオンに輝いた大谷進氏に指導を受けながら、現在は、昨年9月に行われた国際大会「北九州2018ワールド パラパワーリフティング アジア・オセアニア オープン選手権大会」で、佐野義貴(65kg級)がマークした記録、130kgを上回ることを目標にトレーニングを積んでいる。

ベンチプレス世界チャンピオン大谷氏の指導を仰ぐ森井

スキーへの意外な効果

「あくまで本業はアルペンスキー」という森井だが、この挑戦は"本業"に思わぬ良い変化をもたらすことになる。

「スキーでは体重が重い方がスピードが出るんです。体幹トレーニングのやり方を変え体も大きくしているので、体自体がだいぶ違うものになり、パワーもはるかに大きくなっています。パワーリフティングは、一瞬にその全てを出さなければいけないっていうところで、競技に対しての心構えだったり、気持ちの作り方だったり、スキーに通じるものがあると思っています。一回一回、試技への集中力がすごく増しているような感覚があるので、アルペンスキー競技でも、一本一本の集中力を高めて、スタートバーを切ることができるのではないかと思います」

そして、気持ちの面においても、競技歴20年という"ベテラン"の心に新たな風を吹かせた。
「パワーリフティングは道具を使わない、体ひとつの競技。道具というものがすごく重要なアルペンスキーとは正反対です。そういう違いというのはとても新鮮です。これまでひとつの競技しかやってこなかったなかで、違う競技に飛び込んで、そこでいろんな方に出会って、いろんな刺激をもらうというのはすごく楽しいです。それに、パワーリフティングの選手としてアルペンスキーを見たときに、(心技体において)ああ、僕たちこの部分ではすごく頑張っていたんだなと思うところもあれば、逆にまだまだ改善しなければいけないところも見えたりするので、アルペンスキーを一歩引いたところで見ることができるのは、新鮮で面白いなと感じています」

競技としてパワーリフティングへの挑戦を始めた森井

"チャレンジ"で掴んだ銀メダル

「今年はまたチャレンジの年だと思っています」
森井は言葉に力を込める。
頂点まで登りつめ自分流のメソッドを確立した人間にとって、新たなチャレンジをすることは、ときに恐怖でもある。
しかし、森井はチャレンジすることに対して、一切躊躇しない、
「ひとつの技術に特化せず、すべてを崩してゼロからまたスタートできるのが僕の強み」だと話す。
チャレンジした先に、平昌パラリンピックでの銀メダルがあった。

長い競技歴を持つ森井をもってしても、感覚的には直角に近いような斜面を超高速で滑り降りるアルペンスキーは恐怖心との戦いだという。
その恐怖心を克服するヒントを、モータースポーツから得た。
サーキットのコースで、テストドライバーが運転するレーシングカーの助手席に乗り、260km/hのスピードを体感した。
「オーバル」というすり鉢状のコースをぐるぐる回ると、ぐーっと真上から押しつぶされるようなG(重力)が発生する。そのGは、チェアスキーにも発生するGだという。
アルペンスキーの高速系種目、スーパー大回転や滑降で、そのGがぐっと発生すると(うっ、恐い)と感じるそうだ。
それと同じ感覚がレーシングカーでも起こり、(このコース嫌だな...)と思っていた。
すると、テストドライバーがこう言った。「いや、そうじゃないんだよ。このGは、タイヤのグリップが発生して安定している時にしか発生しない。だから、このGが出ているときはアクセルを踏んでいけるんだよ」
(恐いと感じていたこのGが発生する時は、安全なんだ...)
その瞬間、これまでマイナスだと思っていたものがプラスに働いた。

実際、平昌パラリンピックのコースでも、そのGが発生するポイントがあった。
多くの選手がそのGから逃れるために、エッジをパッと外して減速したが、森井はそこでスキーを踏み続けてスピードを落とさなかった。
それが、滑降種目での銀メダルにつながった。
「環境を変えていろんなことにチャレンジしたことによって、獲得することができたメダルでした。僕が目指していたのは、本当はもうひとつ上のメダルなんですけど、でも、本当に良かったなと思います。もっともっと自分自身、まだ速くなれるという思いがあるので、また次も目指したいと思っています」

平昌パラリンピック男子滑降(座位)で銀メダルを獲得© Getty Images Sport

走り続けるアスリート

自分に何ができるのか、自分には何が向いているのか、とことん追求する森井のチャレンジ精神は留まることを知らない。
昨年のオフシーズンには、GT選手権やスーパーGTといったモータースポーツのレースに足を運んだ。
さらには、アジア競技大会でデモンストレーション競技として行われた、eスポーツの決勝を目の前で観戦した。実際に体験もするなかで「車いすユーザーでも十分にチャレンジできる」と可能性を感じた。
そしてもちろん、パワーリフティングという大きなチャレンジも忘れてはならない。
森井は、2018年12月頭にコロンビアで開催された「ボゴタ2018アメリカ選手権」に出場した。
一回目の試技で125kgの挙上に成功。続いて、133kgに挑戦するも、二回目、三回目と失敗。125kgという記録で大会を終えた。
少しずつではあるが、着実に前進をしている。

現在は、アルペンスキーヤーの顔に戻り、TEAM JAPANに合流して、ヨーロッパで行われるワールドカップを転戦する生活を送っている。
パワーリフティングに時間を費やし、例年よりスキーの滑り込みが少ない分「レースもチャレンジの場に替えて、いろんなことをテストしながら、新しい滑り方を確立していきたい」と話す。
世界選手権を含む今シーズンの戦いは、3月まで続く。
「『ワールドカップの総合何位に入ろう』というような成績や数字を追いかけるというよりは、その先につながるような技術やテクニックを身につけて自分のものにする」
それが、今シーズンの目標だ。

歩みを止めることなく、新たな可能性にずんずんと立ち向かう、貪欲なアスリート。
北京に向け、東京に向けて、森井大輝のチャレンジは続く。

text & photo by Rihe Chang


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