ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.05.07

目指すのは『視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会』 日本ブラインドサッカー協会スタッフに競技の魅力を聞く

アスリートたちが全力をふりしぼり、想像を超える鳥肌が立つようなスーパープレーを魅せてくれたときの感動はスポーツ観戦の大きな醍醐味のひとつです。そんな魅力にあふれたパラリンピック競技、ブラインドサッカーを競技団体スタッフとして支える高橋めぐみさんを試合会場に訪ねました。

<パラアスリートを支える女性たち> たかはし・めぐみ(26歳) NPO法人日本ブラインドサッカー協会 事業戦略部 ブラインドサッカーチーム「free bird mejirodai」代表

視覚に障がいをもつ選手たちがアイマスクをつけ、転がると音の出るボールを追ってピッチを走り、五感を駆使してパスを通したり、ガイド役のナビで迫力あるシュートを決める姿はまさに驚異そのもの。大学時代に日本ブラインドサッカー協会でインターンを経験した高橋さんもその光景を目の当たりにして競技の面白さにハマり、協会への就職を志願しました。現在は事業戦略部として、チケット販売業務から寄付会員を増やす取り組みやSNS運営まで、幅広い業務を担当しています。

会場内のブースの配置も高橋さんの担当。スタッフと相談しながら観客の動線を考えて設置。

見えない選手が見えるキーパーやガイドの協力を受けて行う5人制フットボール

この日、高橋さんは女子日本代表の国際親善試合「さいたま市ノーマライゼーションカップ」が行われる総合体育館に朝8時半に到着。全体ミーティングで流れを確認したら、twitterやInstagram担当のインターンと"どんな情報や画像をあげるか"を打ち合わせ、動画撮影を手伝う学生に指示を出し、物販ブースではボランティアスタッフにレクチャーを行うなど、精力的に任務を遂行。総計1033名も動員したブラインドサッカー女子日本代表vs IBSA世界選抜戦は10-0で見事日本が勝利し、同時開催されていた体験会も盛況のうちに終了しました。

━━初めてブラインドサッカーの試合を見て、衝撃を受けました。最初はピッチにいる選手たちが懸命にボールを追う姿に思わず涙腺がゆるみかけたのですが、次第に"なぜちゃんとパスが通るのか"、"カウンター攻撃できる不思議"のほうに目が離せなくなりました。選手たちの邪魔にならないよう、ゴールが決まるまでは観客が静かに見守るマナーも新鮮でした。

私も、インターン時代に世界選手権の会場で初めて試合を見たときには、自分が関わった大会という達成感もあって、「すごい!」と感動しっぱなしでした。スペイン発祥の競技であるブラインドサッカーには、全盲の選手たちがプレーするためのいくつかの特徴があるんですよ。たとえば、選手たちにボールの位置がわかるように転がるとシャカシャカと音が出る専用のボールを使うことや、ボールをもった相手に向かっていくときには必ず「ボイ!(Voy=スペイン語で「行く!」という意味)」と声を出さなければならないこと。また、敵陣のゴール裏には味方の「ガイド(コーラー)」と呼ばれる、ゴールまでの距離や角度やシュートのタイミングを指示する目の見える協力者がいます。

試合中は、キーパーとゴール裏で待機するガイドが選手たちを声でサポート。

気づけばクラブチームの代表になるほどハマってました

でも、競技の本当の面白さに気づいたのはそれから半年ほどたってからでした。代表選手たちの顔と名前を覚え、ガイドやゴールキーパー、コーチが試合中に選手にかける言葉を理解し、その戦略に沿って選手たちが奮闘する様子を見るうちに一歩深い視点がもてるようになってきたのです。ブラインドサッカーに取りつかれるように好きになってくださるファンの方もおられて、そんなふうに人を強く惹き付けるスポーツであることにも、大きな魅力を感じました。

そうなると次は "さらに深い関わり方をしたい"気持ちが生まれてきました。「ガイドをやりたい」と言い出した私に、インターン時代の同期がブラインドサッカーチームを設立するからと声をかけてくれて、ガイドとして所属することになったんです。少数精鋭の組織なので、試合ではガイドを勤めながら事務や経理も担当しています。今は代表という肩書きもありますが、ほぼそれ以外のミッションが多いですね(笑)。

土日の練習後はたいてい同世代のチームメート5人で、焼き肉かしゃぶしゃぶの食べ放題に行っています(笑)。晴眼のメンバーも視覚障がいのメンバーも、同じ目線でしゃべれるその時間がとても心地よくて。友人経由で連れて来たキーパーがいるんですが、彼はそれまで視覚障がいの人と密に接したことはなかったのが、今では普通に冗談も言い合うように。ブラインドサッカーと出合ったことで、人が少しづつ変わっていく様子を見られることにも深い喜びを感じています。

好きが高じて、プライベートでは中高生中心のブラインドサッカーチームでガイドから事務作業、代表まで兼任中。

ひとりでも多くの人に見てもらうための工夫とアイディア

━━ブラインドサッカーに大きな魅力と可能性を感じながら活動されていることがとてもよく伝わってきました。今、何か課題などはありますか?

もっと多くの方にブラインドサッカーのことを知ってもらいたいですね。一度観戦してくれた方にもう1度来ていただくにはどうすればいいのか。次回、お友達連れで来てもらうにはどんな仕組みがあればいいのか。もっと輪が広がっていくような工夫やアイディアを日々一生懸命考えています。

たとえば、お客さまにとって観戦時間がより楽しめるものになればと、グループ観戦できる「テーブルボックス席」や、選手の足元まで楽しめる迫力満点の「透明フェンス席」を設けています。去年初めて女子の大会を行ったときには、『ハクション大魔王』のアクビちゃんのかわいいグッズを商品開発しました。

オリジナルグッズからコラボグッズ、日本代表応援グッズまでバラエティに富む品揃え。

盲学校でのバイトをきっかけに"混ざり合う"社会に関心をもち始めて

━━高橋さんは今、公私ともにブラインドサッカーに携っていますが、いつどのようにして関心をもったのですか?

もともとスポーツが好きで、中高時代は硬式テニス部に所属して高3では部長も務めていました。高校でダブルスからシングルスに転向したとき、"ひとりでするスポーツはさみしい"と感じて、大学ではチームスポーツに関わりたいなと。サッカーを見るのが好きだったので、勧誘を受けたサッカー部に所属しマネージャーを担当しました。

ブラインドサッカーへの関心は、学生時代の経験も影響しているかもしれません。実は小学生から大学まで、リベラルアーツを掲げる一貫教育校に通っていたんです。給食を自分たちでつくったり、高校では寮生活も経験して、型にはまらない"自労自治"的な空気の中で過ごしてきました。そんな背景もあって、大学はより広い自分の土台づくりをする時期にしたいと考えていたんです。

そこで、大学でサッカー部のマネージャーをしながらネパールで教育実習や植林を行うワークキャンプ、盲学校の寄宿舎での見守り補助のバイト、福祉政策発祥の地であるデンマーク留学などを経験。盲学校のバイトでは視覚障がいをもつ生徒さんたちが普通に恋バナをしたり、見えなくても可愛い雑貨を好む様子を見て、"こんなにも私たちと同じなんだ!"と、ものすごく衝撃を受けました。デンマークの成人教育機関では、スポーツの授業を通じて障がい者が健常者と混ざり合う"みんなが助け合う社会"を体感。そこでスポーツのもつ力の強さを実感したことが、ブラインドサッカーとの出合いに大きく影響したのだと思います。

ネパールの子どもたちとの交流で幸福の価値観を見直したり、デンマークではスポーツの授業を通して違いをもつ人たちが個性を発揮できる社会を経験。

検索ワードは「サッカー、バイト、障がい者」

ブラインドサッカー協会の「バイト募集」を見つけたのは、留学から戻った大学3年の9月でした。何かアルバイトをしようと、そのとき自分が関心をもっていた「サッカー、バイト、障がい者」の3つのワードでネット検索をしたんです。すると、日本ブラインドサッカー協会のスタッフ募集がヒットした。 "これはまさに私にぴったりじゃないか!"と、バイトから始めました。

行ってみると、国際大会である「IBSA ブラインドサッカー世界選手権 2014」の準備を行うバイトだったのですが、私が任されたのはチケット販売業務。なんと、日本ブランドサッカー協会が主催する大会として"初のチケット有料化"という大きな目標を実現させるべく、上司の指示のもと、票券管理システム会社の人を始めさまざまな方にアドバイスや協力を受けながら、無我夢中で取り組みました。「ブラインドサッカーはお金を出して見る価値のあるもの。有料化は社会を変えるひとつのアクションになる」と、信念をもって業務を進める協会の姿勢も強く心に響きました。自分が今していることはただ単にシステムを打ち込む作業なのではなく、社会を変える目的をもつ意味ある仕事なのだと思えたのです。

さらに、インターン時代に事務局長の「自分のミッションを考えるワークショップ」を受けたことが、ここで働きたい気持ちをより強くしました。自分がもつ価値観を10個書き出し、そこからミッションステートメントを探っていくのです。四苦八苦しながら模索してたどり着いたのは「自分が属する場を、自分がいることでよりよくする」「"障がい""障がい者"という言葉の必要のない社会を作り出す」「誰もが自由に楽しむことができる社会を作り出す」というミッションでした。これらは《ブラインドサッカーを通じて、視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会を実現すること》という、協会の理念にも通じるものがあるのではと。自分が今、なぜこの仕事をしているのか。ビジョンや目標をもちながら働くことは人にとってとても大切なことだと感じ、後日上司に協会へ就職したい気持ちを伝えたのです。

余暇を大切にする文化をもつデンマークでの経験から「意志をもってのんびりする生活の重要性を心に留めておく」のも高橋さんのゆずれない価値観。

ブラインドサッカーを通じて"違いがあることを楽しむ"

━━現在に至る経緯は、高橋さんにとってごく自然なものだったんですね。クラブチームでの活動は現在どのように展開していますか。

チーム設立のきっかけは、盲学校の体育教師をしている友人と小学生時代からプレー経験をもつブラインドサッカー選手が、"子どもたちがブラインドサッカーをできる環境"をつくろうと思いたったことです。盲学校の生徒とOBによるチームで、メンバーは下は中学生から上は29歳まで。いちばん多い世代は中高生。練習は週に3回、平日夜と週末に行っています。平日は仕事が忙しくて行けないときもありますが、土日に行われる場合はほぼ皆勤しています。私、ブラインドサッカーが本当に好きなんですよ。

試合中はゴールネットの裏に立って、声を張ってガイド(※)をするのですが、シュートが入ったらすごくうれしいですし、選手ともより近くなれた気がしています。つい先日も、私が声を出した方向に選手がシュートを決めたことがあったんです。まるで声に向かって吸い込まれるように飛んで来たボールがきれいにゴール隅に決まって、ネットが揺れた瞬間「うわっ、すごくいいシュート!」とみんなで手を上げて喜び合いました。気持ちいいし、うれしかったですね。違いをもった人たちが、一緒に楽しむことができる瞬間の醍醐味。その楽しさを少しでも広げていくために、ガイドとして、協会スタッフとして、この先もずっとブラインドサッカーに関わり続けていきたいと思っています。
※ガイド(コーラー):ゴールの裏からゴールの位置と距離や角度などの情報を選手へ声で伝える役割。

ブラインドサッカーチーム「free bird mejirodai」は、選手、監督、高橋さん含めて総勢11名の精鋭。

純粋にブラインドサッカーが大好きな人たちを増やしていきたいなと思って日々仕事に向き合っています」と高橋さん。


text by 谷畑 まゆみ
photo by 真板 由起(NOSTY)

〈この記事は、日本財団パラリンピックサポートセンター公式WEBサイト「ニュース&トピックス」に掲載されたものです。(2019/03/19公開)〉