ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.05.10

止まらぬ進化の先へ。16歳のストライカーが追う夢舞台。

つい2年前までは、ピッチの端にとどまってばかりのプレイヤーだった。菊島宙選手は今、男女を合わせたブラインドサッカー(5人制サッカー)界のトッププレイヤーとして、傑出したスピードを武器に得点を量産している。飽くなき向上心でプレーの進化を止めず、攻撃の引き出しも増えた。そんな彼女には、原動力となる2つの夢があった――。

©Takao Ochi

「凄いですよ、アイツは」

「7得点? そんなに取ってましたか。3点目ぐらいまでしか覚えてないです」

2月中旬、都内で行われたブラインドサッカー女子日本代表の合宿で、菊島宙(そら)選手は、はにかみながら言った。この日は、翌週に控えた国際親善試合前の最終強化合宿。メニューを締めくくる男子チームとのトレーニングマッチで、菊島選手は7得点を奪い、勝利に貢献した。しかし、途中で喫した1失点が心残りだったようで、負けん気が顔を覗かせる。

「オフェンスで目一杯になって、ディフェンスの時に少し休もうと思っていたら、失点しちゃって。(相手の得点者が)年下だったのもあって、悔しかったです」

この春から、東京都立八王子盲学校高等部の2年生になる。学校では『スポーツクラブ』の部員として、さまざまなブラインドスポーツを楽しみつつ、週3回は父の充さんとブラインドサッカーのトレーニングに励む。充さんは、菊島選手が所属する強豪ブラインドサッカークラブ『埼玉T.Wings』の監督でもある。週3回の内1日はジムで体幹のトレーニングに取り組み、体を芯から鍛えているという。その効果は着実に表れてきている。男子選手に囲まれ、当たられようとも、屈せず、ボールを保持したままゴールに向かっていく。相手に攻撃が移れば、猛然とボールを奪取しにゆく。

充さんは、「気持ちが急いでいる時は、まだ単純なプレーも多いんですけど」と課題を挙げた後、「でも、得点のバリエーションも増えてきました。凄いですよ、アイツは」と目を細めた。

©Takao Ochi

ポイントゲッターへの脱皮

視覚情報がなく、音声が主な情報源となるブラインドサッカーにおいては、転がると音の鳴るボールを、両足のインサイドで交互にタップするドリブルが主流だ。PK時も、ボールを片手で触って位置を確認し、助走をせずに蹴る選手が多い。

菊島選手の"凄さ"は、その圧倒的なサッカーセンスにある。ドリブルを開始すると、周囲が見えているかのような、ボールを大きく蹴り出すドリブルで瞬く間に相手陣地に進入。ディフェンダーに囲まれても巧みな切り返しと反転を駆使して振り切り、強烈なシュートを見舞う。前述の「体幹強化」も加わり、当たり負けやボールロストも減少した。PKでも、助走をつけてボールをジャストミートする。

©Takao Ochi

女子日本代表の村上重雄監督は言う。

「以前は直線的で単純なオフェンスが多く、失敗することも多かったのですが、ディフェンダーやキーパーと駆け引きできるようになったことが、この1年の成長です。ガイド(※1)と連携してファウルを貰いにいったり、キーパーの体重移動を読んでタイミングをズラしたりと、クレバーな動きをするようにもなってきました。監督として冷静に振る舞う一方で、『そんなプレーができるか...』と内心驚いてしまう時もあります(笑)」

菊島選手の超絶技巧を支えるのは、「感覚」だという。中学1年生の秋頃まで、彼女は通常のサッカーとブラインドサッカーを両立しており、その際に培った感覚がブラインドサッカーでのプレーに生きている。

「PKも3歩か5歩下がって、止まっているボールを撃つ、みたいな感覚です。逆に考えすぎるとうまくいかない。相手の様子を感じ取る、頭を使ったプレーは、最近になって少しずつできるようになってきたところ。シュートも、キーパーの守備範囲外を狙うことを意識しています」(菊島選手)

とはいえ、最初から現在のようなプレーはできなかった。ブラインドサッカーを始めてしばらくの間は「怖くてサイドフェンス(※2)にへばりついてプレーしていた」という。フェンスから離れるきっかけは突然訪れた。中学2年生のある日、クラブの中心選手が膝を故障。菊島選手が代役を務めることになったのだ。

「突然、『ソラ、頼むな』って言われて(笑)。でも、そこで吹っ切れました。壁から離れて、攻めに守りに走り回るようになって、チームメイトも『ソラが覚醒した...!』って驚いていました」

以降は縦横無尽にフィールドを駆け回り、得点を量産するようになる。2017年の女子日本代表発足後に開催された国際トーナメントでは大会得点王、昨年の『さいたま市ノーマライゼーションカップ』では6得点をあげ、アルゼンチン選抜を撃破する立役者となった。

©Takao Ochi

他方で、主に男子選手とプレーする国内クラブの試合でも、次第にマークが厳しくなり、中学3年生頃になるとブロックされることも増え始めた。その中で見出した活路が前述した「相手との駆け引き」というわけだ。

「私のドリブルは特殊で、はじめは相手も対処しきれていなかったので、直線的に行っても得点ができていました。でもだんだんシュートを打ちづらくなってきて、頭を使わないと点を取れないと気づいたんです」

現在の菊島選手のプレーは、こうして構築されていった。柔軟な吸収力で身につけたテクニックに、初見の選手や観客から「見えているのではないか?」という声も聞こえてくる。それは、ブラインドサッカーにおけるトップ選手のプレーを形容する上で、しばしば使われる言葉だ。

「嬉しさと、なんだか疑われているような複雑な気持ちと、両方が混ざっています」と菊島選手は笑った。

※1:相手ゴールの背後に立ち、味方オフェンスにゴール位置やシュートコースを伝える
※2:ピッチのサイドラインに沿って立つブラインドサッカー独自の設備

飽くなき向上心と、パラリンピックへの憧憬

©Takao Ochi

パラリンピック種目のブラインドサッカーだが、出場できるのは現状男子選手のみ。体格差等の面から男女混合での出場は認められていない。女子選手が世界的に見ても少なく、代表チームを組めない国が多いことも背景の一つだ。従って現行の規則下では、菊島選手はパラリンピックのピッチに立つことができない。

「世界で女子のブラサカが知られれば、自然とプレイヤーの数も増えると思う。今後も広がってほしいし、広げていきたいです。ただ、個人的には男女混合でも面白そうだなと思っています。海外選手とは体格差も大きくて、まさに"壁"なんですけど、その人たちを抜いてシュートを撃ってみたいんです」

夢は2つ。「パラリンピックに出場すること」、そして「男子のブラジル代表と対戦すること」だという。ブラインドサッカーがパラリンピック種目になった2004年から連覇を続け、世界の頂点に君臨するブラジル代表。まさに"相手にとって不足なし"と言えよう。

菊島選手が初めて彼らのプレーに触れたのは、2013年の来日時だった。試合を観戦していた彼女の中に、セレソン(※3)のプレーは強烈な記憶として残った。

「アイマスクしてますよね? という感じで(笑)。1回だけでいいから、男子のブラジル代表と戦ってみたい。エースのリカルド選手(※4)とマッチアップしてみたいです」

©Takao Ochi

合宿の翌週、2月23日に行われた『さいたま市ノーマライゼーションカップ2019』。海外の女子選手で構成された『IBSA世界選抜』を相手に、日本代表は10対0と圧勝。内、9得点は菊島選手の足から生まれた。これまでの1試合自己最多得点(7点)を上回る"トリプルハットトリック"に、彼女は顔をほころばせた。

メディアからの「今後の目標は?」という質問に対しては、こう答えた。

「今よりもっと上手くなることと、プレッシャーをかけられても落ち着いてプレーすることです」

世界最強軍団との対峙、そしてパラリンピックのピッチ。現在の自分を更新し続けたその先に、不意に望む舞台は姿を現すのかもしれない。

底知れぬ潜在能力を持つファンタジスタ、菊島宙の躍動を、"世界"が目撃する日は来るだろうか。

※3:サッカーブラジル代表の愛称
※4:ブラインドサッカーブラジル代表のエース、リカルド・アウベス。2008年から3大会、パラリンピックでの勝利を知る

取材・撮影:越智 貴雄  取材・文:吉田 直人


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