ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
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世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2017.10.15

東京五輪がロンドン世界陸上から学ぶこと 2020に見たい「デジタルおもてなし」

 8月、陸上の世界選手権に沸くロンドン市内のとある駅。日本から約1万キロ離れた地で、私は陸上界のレジェンド室伏広治さんと遭遇した。

 室伏さんは東京オリンピック組織委員会の役務として視察目的でロンドンに来られているとのこと。とくに観客を盛り上げる術、さらに日本で陸上競技を盛り上げるためのヒントなどを探されている様子だ。私がスポーツにおけるファンエンゲージメント関連の仕事をしていると知ると、横にいたIOC(国際オリンピック委員会)の人にも紹介してくれた。

 大都会ロンドンで行われる一大国際スポーツイベントとあって、東京五輪の大会運営にとって参考にすべき大会なのは間違いない。仕事柄ついつい大会運営に目がいってしまう私も、その視点で会場へ足を運ぶことにした。

試される「中の人」のショーマンシップ

選手とポーズを取る大会マスコット「HERO」。デザインはさておき、コミカルな動きで会場を盛り上げた【Getty Images】

 オリンピックスタジアムに到着し、セキュリティーチェックの列に並ぶ。スタジアム正面の大型ディスプレイに映るロンドン世界陸上2017のマスコット「HERO」が観客を出迎えている。

「可愛くないよね」。妻がボソッと呟く。確かに可愛くはない。しかし、スタジアムに入り観客席から見たHEROに評価は一変した。トラックでアクロバティックな動きを見せたかと思えば、観客のスマホを奪ってコミカルなやりとりを演じる。まるでサーカスのピエロ。競技の合間時間も観客を飽きさせない。選手にも積極的に絡んでいく。ショーマンシップが素晴らしいのだ。

 エンターテイナーはHEROだけではなかった。例えば、セキュリティーチェックを待つ行列を整理する運営スタッフ。日本だとスタッフは決められた定型文句の注意事項をただ繰り返すのが一般的だろう。ロンドンでは違った。待機列の観客に明るく声をかけたり、派手なパフォーマンスを披露する。行列のストレス緩和に努めているのだ。

 東京五輪のマスコットや大会運営スタッフにも、ショーマンシップのある"おもてなし"を期待したい。

チケットの二次流通もオフィシャルで管理

大勢の観客がスタジアムに詰めかけた背景には、チケット販売の巧みさもあった【Getty Images】

 ロンドン世界陸上では一般チケット以外にもバリエーション豊かなホスピタリティチケット(チケット+αのセット)が販売されていた。

 わたしが購入した一番安いパッケージで初日が3万7000円ほど、一番高額なものは何と15万円! 接待目的で企業が購入する想定だろう。海外ではこのようなホスピタリティチケットが個人でも購入できるようになっていることが多い。どこの世界にも、人より余計にお金を払ってでも特別な体験をしたい人はいるのだ。

「観客がスポーツ観戦で何を望むのか?」。これを徹底的に把握してその価値を適正な製品・サービスに変えていく。ただでさえスポーツの商売機会は限られている。スポーツという原材料から製品・サービス開発をしていくことはスポーツビジネスにとって非常に重要。昔と比べて「スポーツでお金を稼いでもよい」という認識が広まった今、日本で最も取り組むべき領域だ。

 今大会はチケットの一次販売だけでなく二次流通もオフィシャルサイトで行なっていた。おかげでチケット完売のニュースが流れた後も、実は、かなり直前までオフィシャルサイトでチケットを定価購入することができた。

 オフィシャルで二次流通をやらなければチケットが高騰してしまい、スタジアム観戦できなかった人がもっと増えただろう。今後は需給バランスをリアルタイムにモニタリングしたダイナミック・プライシング(変動性の価格設定)も普及するはず。スポーツビジネスを成長させるためにも、チケッティングはデータ重視で最初に取り組むべき領域なのだ。

ハードだけでは足りない混雑解消

スタジアムからストラトフォード駅まで、夜の歩行者渋滞は続く【写真:濱本秋紀】

 6万人の観客が一斉に帰路についた大会初日。通常は歩いて15分ほどの道のりが、初日はスタジアムの席から駅にたどり着くまで1時間近くはかかっただろう。大会運営的には見せどころだが、残念ながらロンドン世界陸上では目新しい策は用意されていなかった。

 最近のスマートスタジアム構想では、スタジアム周辺のヒートマップで歩行者渋滞を運営スタッフが把握し、様々な手法で渋滞緩和に努める取り組みが始まっている。

 例えばブンデスリーガのバイエルン・ミュンヘンが本拠地としているアリアンツ・アリーナでは、周辺の道路状況をモニタリングしてアプリを通じて迂回ルートの案内を配信する実験が始まっているし、あふれる乗用車に対してもライドシェア(相乗り)での移動を推奨している。

 試合後にスタジアム内レストランのディスカウントクーポンを発行して、ファンにしばらくスタジアムに留まってもらう策なども検討されている。観客も大会運営側が自分の状態をモニタリングしてくれていて適切なガイドをしてもらえると分かれば、不安は減り、ストレスは軽減するだろう。

 道路整備やシャトルバスの運行など、ハード面の対応だけで混雑が解消できないケースは多い。そこである程度混雑することを前提にモバイルアプリなどのテクノロジーでファンの不満緩和策を実施することは今後のスタジアムでスタンダードになっていくだろう。

「世界最高水準のテクノロジー」でおもてなしを

観客とセルフィーに収まる5000メートル覇者のモハメド・ファラー(イギリス)【Getty Images】

 陸上競技をやっている(た)人からしてみたら、サブトラックで行われる一流選手のアップ・ダウンは見てみたい姿の一つだろう。運が良ければサブトラックに入るお気に入りの選手からサインももらえるポイントだ。

 プロのゴルフトーナメントでは選手が練習しているエリアがものすごい人だかりになる。試合を見ずにそこでずっと見ている人もいるくらいだ。しかし、陸上競技ではサブトラック近辺の一般の出入りを禁止している場合が多い。

 競技者視点で非公開にしたいのも分かるが、ファン視点でもビジネス視点でも(有償でもいいから)是非オープンする方向で見直してほしい。

 その点、ロンドンではサブトラックのロケーションが秀逸だった。メイントラックの真横にサブトラックが位置しているため、2階のメイントラック周回通路から下のサブトラックを眺めることができたのだ。競技プログラム前後にアップやダウンをしている選手もいるので、サブトラック観戦を解放したら帰路の渋滞緩和にも繋げられるだろう。

 大会運営の観点では、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)の引退試合となることが早々に決まり、チケット販売も好調。食中毒以外は目立った問題は起こらなかった。しかし、5年前に五輪を経験したロンドンだからこそ最先端の大会運営をして欲しかった。及第点を目指した大会運営だったというのが率直な感想である。

 東京2020は基本コンセプトに「世界最高水準のテクノロジーを競技会場の整備や大会運営に活用」と謳っている。新国立競技場でどのようにデジタルおもてなしが提供されるのか、楽しみである。


▼ライタープロフィール

濱本秋紀
SAPジャパン株式会社のマーケティング部門でコーポレートイベント・ブランディング・スポーツスポンサーシップ・デジタルマーケティングなどの責任者、製品マーケティングの企画・実施、ユーザーグループの企画・運営などを経験。2016年より、プロスポーツクラブのマーケティング・ファンエンゲージメントを支援し、スタジアムソリューションの事業開発などを担当している。


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