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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.01.23

"森保ジャパン"初の公式大会は苦い結末 東京五輪へ、挫折から始まる成長物語

スコアどおりの"大敗"を喫したU−21代表

"歴史的"とも言える0−4の大敗を喫したU−21代表。4失点という数字がすべてを物語っていた【Getty Images】

1月9日から中国・江蘇省で行われている23歳以下のアジア王者を決するAFC U−23選手権。19日に行われた準々決勝において、"東京五輪代表"たるU−21日本代表はU−23ウズベキスタン代表を相手に0−4の歴史的とも言える大差で敗れ、大会を去ることとなった。

スコアボードに刻まれた「0−4」という無惨な数字がすべてを物語っていた。サッカーでは大差のついたゲームであっても、そこまで実力差はないということは起こり得るものだ。たまたま片方のチームのシュートがよく入ったり、イチかバチかの攻勢に出た終盤で大量失点というケースもある。ただ、今回の敗戦はそうしたものではない。シュート数「4対20」という数字が端的に示すとおり、試合内容でも大差のあるゲームだった。

「ウズベキスタンと、われわれ日本代表の現時点での力の差が出た結果になった」(森保一監督)

指揮官の表情と言葉は、掛け値なしの本音だろう。序盤から相手に主導権を握られ、隙を見せた流れを突かれて前半31分に先制ゴールを許すと、ミスが絡んで一気に大量3失点。気持ちを引き締め直したはずの後半立ち上がり早々にも失点しての大敗である。ぐうの音も出ない。攻撃も最後まで形にならず、相手を脅かしたと言えるシーンは果たして何度あったことか。アジア勢との敗戦後には「内容では勝っていた」「あそこでああしておけば」などと言えることも多いが、この試合に関して、そうした感想は出てこないだろう。それは当事者たる選手たちにしても同じだった。

「試合をやっていて、今までの相手とはまるで違うなというのは感じていた」(DF原輝綺=アルビレックス新潟)

「相手のほうが気持ちの部分であったり、すべての部分で上回っていた」(MF井上潮音=東京ヴェルディ)

「スピード、球際の強さで差を感じた。自分たちよりもひとつ、ふたつ上手」(DF立田悠悟=清水エスパルス)

「ビルドアップのところでも自分たち以上で、すべて相手のほうが上だった」(DF古賀太陽=柏レイソル)

「ヨーロッパスタイル」を志向するウズベキスタン

「ヨーロッパスタイル」のサッカーを志向するウズベキスタン。15年のU−20W杯では8強入りを果たすなど、力を見せてきた【Getty Images】

もともとウズベキスタンはアジア列強の中でも異質なチームである。旧ソビエト連邦の一部だった歴史的経緯があり、サッカーは完全なヨーロッパスタイル。時代に応じたアップデートも重ねており、各年代でクオリティーの高いサッカーを見せてきた。中東勢など、個々の能力で言えばウズベキスタン以上と言える国はあるのだが、サッカーの質という点では常にこの国の代表は指折りの存在である。特にこの年代は2015年のU−20ワールドカップ(W杯)で8強入りを果たすなど、力を見せてきた世代である。

よく年代別日本代表のスタッフとは「ウズベキスタンと当たれたらいいですね」という話をするのだが、それも「この国とやれば、いい経験になる」というある種の信頼の裏返しがあるからだ。昨年12月にタイで行われたM−150杯に参加したときも、代表スタッフの1人と「(別グループにいた)ウズベキスタンと最後にやれたら理想的ですね」なんて話をしていたものだった。実際、そのとおりにこの大会の決勝でウズベキスタンと当たることになったのだが、結果はPK負け。ただ、このときの彼らと今回の彼らは「相手の勢いがあって、のまれてしまった。やってみて全然違いました」(立田)。

この試合では、しっかり後方からビルドアップしてくる相手に対し、日本は5−4−1の形でリトリートして守っていたが、1対1の局面でしばしば劣勢となり、試合全体の流れもじわじわと失った。デュエル(1対1)の勝率は46.6対53.4でウズベキスタン優勢の試合だが、空中戦のデュエル勝率はより開いており、35.0対65.0と日本の大差負け。全体に押し込まれる中で、セカンドボールも拾えなくなっていく流れだった。

サッカーにはポゼッションで相手を押し込むことで、カウンターでの相手の得点率が上がるという、一見するとパラドックスのような現象がある。ジョゼップ・グァルディオラ監督時代のバルセロナが典型例だが、相手を押し込むことによって、相手のビルドアップを始める位置を低くさせ、逆に自分たちは押し込むことで敵陣に多くの選手がいる状態でボールをロストするので、そこからのプレッシングに切り替えやすく、その実効性も高くなる。ウズベキスタン戦の日本は、この袋小路にも追い込まれてしまった。それはこの大会を通じて新任の指揮官である森保監督が選手たちに要求してきた「チャレンジ」と裏腹の関係にある。

5バックでリトリートして守ることを許容する森保監督のシステムは、低い位置からでもしっかりビルドアップしていくことを大きな狙いとして持っていて、それでこそ機能するシステムでもある。練習でもGKを使って攻撃を組み立てる、少ないタッチでパスを回すことを徹底して取り組んできた。試合になっても、選手たちは「チャレンジすることが大事」(MF神谷優太=愛媛FC)と前向きに取り組んできた。

ただ、その意図は露骨でもあり、ウズベキスタンは日本を分析した上で、試合のどこかで"狩りに出る"チャンスを最初から狙っていたのだろう。

「最初はそんなにプレッシャーを掛けてこようとはしてこなかったと思うんですけれど、われわれのビルドアップに対してプレッシャーが掛かったな、日本が慌てたなという流れから、プレッシャーを掛け続けてきた」(森保監督)

「柔軟性と対応力」が不足した試合運び

ウズベキスタンとの準々決勝は、判断力や決断力の欠如が浮き彫りになった試合でもあった【Getty Images】

前半半ば過ぎから始まった"魔の時間帯"はこうして訪れた。指揮官が「プレッシャーを受けて何度かロストするところがあって、視野を広く持てなくなっていった」と振り返ったように、危険な流れである。序盤はウイングバックの藤谷壮をDFからの長いボールで走らせるような、相手のプレッシャーの矢印をひっくり返して逆手に取るようなプレーもあった日本だが、徐々に相手に押し込まれた狭い空間でのリスキーなパスワークが増えていく。さながら、練習でよく見る"鳥かご"のようだった。

2失点目は典型的だった。ゴールキックをボックス脇で左DFの古賀が受けたところから始まった。ゴールキックを無闇に蹴らずに後ろからつなぐのは一つの狙いであり、指揮官からも求められていたチャレンジだと言う。だが、相手もそれは分かっており、プレッシャーが来るので、これを古賀はGKへ戻す。しかし相手はGKにもプレッシャーを掛けられる位置にいるので、ワンタッチでボランチの井上へ当てる。当然、ここにも相手はプレッシャーに来ているので、ワンタッチでリベロの立田へパックパス。だが立田にもマークは付いていて、ボールを奪われての失点となった。

「相手はマンツーマン気味に前から来ていた」(立田)という形は、欧州でもポゼッション崩しとして流行しているやり方で、まんまとやり切られる格好となった。相手の矢印が向いている方向へひたすらボールを動かしていくような形で、直接的には個人のミスだが、これを繰り返している限り、いずれは起きたものだろう。この流れを打開するためには、一度相手のプレッシャーを開放する必要があった。

「たら・ればですけれど、(長いボールを)出したら良かったと思いますし、相手が前から来る中で一個ホールに落としたりとか、全部、足・足じゃなくて、割り切ってスペースに落としたりするべきだった」(原)

3失点目もボランチへのパスが狙われている中で、原のショートパスをカットされたところから生まれた。もちろん、闇雲に蹴ればいいという話ではないが、同様に闇雲につなげばいいということでもあるまい。

チームとしての狙いはある。しかしサッカーは「相手があってのスポーツ」(原)でもある。練習でやってきたことをそのままこなすことに執心し過ぎた。相手が前から狙ってきていることが明らかな中で「判断力というか、決断力が足りなかった」(古賀)。森保監督が就任に際して掲げた言葉は「柔軟性と対応力」だったのだが、相手に対して柔軟に対応する、その不足が見えた流れだった。

東京五輪まで2年半、"森保ジャパン"の道は始まったばかり

森保監督は「悔しい思いを絶対に忘れないように、次からの活動につなげていこう」と選手たちに声を掛けた【Getty Images】

もちろん、エクスキューズはある。新監督就任早々なのだから、まず言われたことをしっかりやろうとしたくなるのは人情だろう。準備期間も短かったし、指揮官にしても多くの引き出しを選手たちに用意してあげるのは難しかった。オフ明けの選手がほとんどで、フィジカルコンディションも万全でない面もあった。そもそも相手は2歳年上のチームだという材料もある。ただ、「準備期間が短いとか、相手のほうが2歳上だとかいう言い訳はしない」と森保監督は強調する。その上で、選手にはこんなことを率直に伝えたと言う。

「現段階の力の差が今日の結果だった。そこは認めて次われわれがステップアップするために、この悔しい思いを絶対に忘れないように、次からの活動につなげていこう。結果はポジティブとは言えないけれど、痛い思いをしたこと、悔しい思いをしたことがレベルアップにつながったと、後でポジティブに振り返れるようにしよう」

"森保ジャパン"が臨んだ初めての公式大会は、大敗という苦い結末に終わった。そこで痛感したのは、紛れもない力不足。だが、ウズベキスタンという質の高さと狙いのあるサッカーをしてくるチームに敗れたからこそ、感じることのできた課題がある。長い目で見れば、こうした敗戦が後々の成長へつながることもよくある話で、東京五輪まで2年半ある段階で苦い良薬を飲ませてもらった、と前向きに捉えるべきだろう。

チームとしてはまだ始まったばかりで、個人としてもまだまだ伸びしろのある若い選手たちである。壮大な成長物語のスタートが挫折から始まったのだと思えばいい。変にスタートラインが高くなって慢心してしまうよりも、ずっと良かったのかもしれない。本気で悔しそうな、自分自身への怒りをたぎらせるような選手が何人もいるのを見て、そう思った。

次回の招集は3月のパラグアイ遠征。その次は5月にフランスでトゥーロン国際大会があり、8月にはアジア競技大会がある。ウズベキスタンに借りを返すチャンスも早々にあるのだ。チームとしても個人としても、やるべきことはたくさんある。中国での大敗劇は、それを素直に認識するための貴重な機会となった。


▼ライタープロフィール

川端暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行


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