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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.04.04

「若者に人気がある種目が伸びていく」 スポーツクライミングが示す五輪の新潮流

メダルが有力視される新競技

1977年、中央アルプスの尖峰・宝剣岳は天狗岩の「第1回岩登り競技会」に参加した日本のクライマーたちは、それがスポーツクライミングへと派生し、五輪スポーツとして脚光を浴びる日を想像していただろうか。2020年東京五輪で初採用されるこの競技は今、日本にメダルをもたらす有力種目として、そして五輪に新風を巻き起こす存在として、注目を集めている。

若者を中心に支持を集めるスポーツクライミング。東京五輪での初開催に向けた現状を追った【写真:アフロスポーツ】

スポーツクライミングは、いかに少ないトライ回数でルートを登れるかを競う「ボルダリング」、ロープにつないだ状態で登り到達点の高さを争う「リード」、高さ15メートルの壁を登る速さを競う「スピード」の3種目で構成される。エクストリームスポーツの1つに数えられ、若者を中心に支持されている競技だ。

「いやぁ、大変ですよ」。インタビューに応じた日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)専務理事の尾形好雄氏は、開口一番にそう切り出した。もともと登山に関する事業を主体に行ってきた同協会は、"五輪モード"に切り替えるべく、昨年度から段階的に組織を改編した。これまで国体の山岳競技をメインに活動していた競技部は、「スポーツクライミング部」に変更。強化や審判技術などの専門委員会も整備し、五輪や国際大会で戦う準備を整えてきた。

日本はボルダリングで圧倒的な強さを誇る。16年の世界選手権を制した楢崎智亜(栃木県連盟)や、ワールドカップ(以下、W杯)年間総合優勝4度の実績を誇る野口啓代(茨城県連盟)らがけん引し、国別世界ランキングでは14年から4年連続で1位。昨季はリードでも国別3位につけた。東京五輪ではメダル獲得も期待されることから、注目度は飛躍的に上昇。取材依頼も増え、現場はてんてこ舞いだという。

「(16年8月に)追加種目に決まってからは、例えば去年1月のボルダリングジャパンカップにしても、メディアの数が全然違うじゃないですか。そうすると今までの報道対応では仕切れないから、専門の会社にアウトソーシングしないといけない。(昨年3月までの法人名である)日本山岳協会のころは、電話も年末年始やGWの山の遭難、御嶽山の噴火事故など、そういう時の問い合わせで、うちのアスリートについての問い合わせやテレビ番組の出演依頼などは一切ありませんでした。そういう意味ではメディア対応はもう大変ですよ」

五輪では総合力が必要 スピードの強化は急務

東京五輪の成功には「メダル獲得が可能な選手の強化」が最重要だと尾形氏は語る。目標達成には、弱点であるスピード種目の克服が必要不可欠だ。スポーツクライミングの国際大会では通常、ボルダリング、リード、スピードの種目別で争う。しかし東京五輪では、追加種目となるべく提案された「複合」が採用され、3種目の合計で順位が決まる。日本はボルダリングとリードで世界屈指の実力を誇る一方で、スピードは昨季の国別ランキングで21位と、大きく水をあけられている。複合では総合力が求められるだけに、スピードの強化は急務だ。

国内にはスピード種目の専門施設がほとんどない。これまで強化も行われてこなかった【写真は共同】

そもそも、日本ではこれまで、スピード種目はほとんど取り組まれていなかった。尾形氏によれば、現在ボルダリングジムが全国におよそ580施設あるのに対して、スピードは専用施設が国内に数カ所しかない。そんな実態を反映してか、国際大会への選手派遣はもとより、スピード種目の代表選考会すら実施されてこなかった経緯がある。

もし五輪で複合が採用されていなかったら、スピードの強化は「やらなかったと思います」と尾形氏。JMSCAでは昨年11月に「スピード競技強化プロジェクト」を立ち上げ、記録会を開催するなどして強化を図っているが、種目ごとに特性が大きく異なり「陸上で言ったら、長距離と短距離を1人の選手が全部やるということ。(リードで必要な)持久力と(スピードで求められる)瞬発力では筋肉も違ってくる」という。本番までの残り2年4カ月で、どこまで底上げできるかが勝負となるだろう。

"新しい五輪の楽しみ方"を提案

スポーツクライミングが注目されるのにはもう1つ、競技とは別の理由がある。

国際オリンピック委員会(IOC)は、若年層の五輪離れなどを懸念し、14年に中長期改革「アジェンダ2020」を発表した。その目玉施策の1つが、開催地の提案による種目追加だった。今回スポーツクライミングやスケートボード、サーフィンなどが採用されたのには、若者への五輪の普及を図りたいIOCの意向が色濃く反映されている。いわば、五輪の未来が託された存在なのだ。

実際、スポーツクライミングは競技性の高いスポーツでありながら、ライティングや音楽による演出などエンターテインメント性を兼ね備えており、既存の五輪スポーツにはない魅力がある。それは、新採用された他のアーバンスポーツも同じだ。若者を振り向かせる試みは、同時に"新しい五輪の楽しみ方"を提案していくことにもつながる。

ライティングや音楽による演出が行われるのもスポーツクライミングの魅力の一つだ【写真:アフロスポーツ】

果たしてIOCの思惑通りとなるか。鍵となるのは、現在IOC調整委員会が東京2020大会組織委員会と検討している「アーバンクラスター構想」だ。アーバンスポーツを都心臨海部に集めて若年層を中心としたにぎわいを生み出す計画で、フランスで行われた「FISE(エクストリームスポーツ国際フェスティバル)」をモデルとしている。東京五輪では、青海エリアにスポーツクライミングとバスケットボール3人制、隣接する有明エリアにスケートボードとBMXスタイルフリーの会場を集結させる予定。尾形氏は「まさしく(IOCの)トーマス・バッハ会長が言うように、若者に人気がある、こういう種目がどんどん伸びていくのではないでしょうか」と述べた上で、五輪そのものが転換期を迎えていると話す。

「われわれの世代では、冬季五輪と言ったら大回転やアルペンがメインだったのが、いまやスノーボードで考えられないようなアクロバティックなことをやりますよね。流れはそう来ているのかなと思います。だから、スポーツクライミングも『えー! こんなところを!?』というのが見る人の関心ではないかと。
 1956年の戦後復興間もないころに、猪谷千春さんが(コルチナ・ダンペッツォ五輪の)アルペンスキー男子回転で銀メダルを取り、その年に日本山岳会が(ヒマラヤ山脈で未踏の8000メートル峰だった)マナスルに登頂した時代から60年以上過ぎましたが、五輪そのものも変わるのは仕方のないことです。だから、バッハ会長も真剣に考えて、アーバンスポーツを取り入れたのではないでしょうか」

すべて東京五輪に懸かっている

ヒマラヤを駆け抜けたアルピニストでもある尾形氏。2021年以降も見据えて「すべて東京五輪に懸かっている」と語る【スポーツナビ】

スポーツクライミングの実施が決まっているのは、20年東京のみ。ただし続く24年パリ、28年ロサンゼルスは、ともに開催国がスポーツクライミングの強豪。東京五輪で成功を収めれば、2都市とも開催地の追加種目として提案する可能性が十分にある。

尾形氏は、国際スポーツクライミング連盟としては、願わくは本来のリード、ボルダリング、スピードの種目別での正式競技入りも念頭に入れているのではとの見方を示す。そうなれば、選手も専門種目に専念できるし、スポーツクライミングの五輪における存在感も高まる。そのためには、東京五輪を成功させることが絶対条件だ。

「その分、プレッシャーはかかりますよ。すべて東京五輪に懸かっていますから」

こうしてスポーツクライミングを取り巻く状況を見てみると、さまざまな人たちの期待と思惑の中で、2020年が五輪全体の一つの分岐点に位置付けられている様子が分かる。東京でどんな成果が残せるか。それが2021年以降のスポーツクライミングの、そして120年以上続く近代五輪の新たな未来を形作ることになるだろう。

(取材・文:小野寺彩乃/スポーツナビ)


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