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2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.05.25

霞ヶ浦で気軽に「パラカヌー体験」を 地域と協力してつくる東京2020レガシー

霞ヶ浦にできた「パラカヌー」の新拠点

東京2020のその後に、最高の遊び場と仲間を増やしたい。
オリンピック・パラリンピックともに、2年後の東京大会での実施が決まっているカヌー競技。東京での祭典を2年後に控えた2018年4月、健常者カヌーに加え障がい者カヌー(以下、パラカヌー)を体験できる「パラカヌーの新拠点」が霞ヶ浦の湖畔にあるラクスマリーナ(茨城県土浦市)につくられた。
自国での大会を前に選手強化の場所として......と思いそうだが、今回の新拠点のポイントは、パラカヌーの選手たちもそうでない人も、「誰でも気軽にパラカヌーを楽しめる環境」というところにある。同施設には日本障害者カヌー協会が保持する競技用とレジャー用カヌーが備えられ、事前に協会に問い合わせて予約をすれば、競技者ではなくともパラカヌー体験ができる。

誰でも気軽にできる場所に

茨城県の霞ヶ浦にできた「パラカヌー」の新拠点。健常者、障害者関係なくカヌー仲間が集まる未来を描いてつくられた。写真手前はパラカヌーの競技艇を乗りこなす、中学3年生の増田汐里さん【スポーツナビ】

協会の吉田義朗会長は、元々は京都や奈良を中心に関西圏で活動。関東でも活動を広げるにあたり課題を感じていた。
「関東で活動して思ったのは『関東にはまだまだ障がいを持つ人たちがカヌーに乗れなくて、どこに行けばいいんだろうと思っている』という事です。1週間に2〜3件は問い合わせが事務所にきます」

課題を解決すべく、都内を含めた関東で活動拠点探しをスタート。施設見学、パラカヌー体験会などを実施し、最終的にこの場所を新拠点に決めた。
ラクスマリーナがある茨城県の土浦駅と言えば、東京駅からだと電車で1時間から1時間半。近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い。それでもここを拠点にする事の良さは、十分にあった。

協会事務局長の上岡央子さんは、選定理由を挙げた。
「障がい者の方がどういう行動をしてカヌーに乗りにくるかを考えたら、公共交通機関を使える事、そして誰もが来やすい場所であるという事(が条件になった)。この場所は土浦の駅から歩いて来られるような近さで、車いすでもなだらかな道を通って来られます」

カヌーは自然の中で行うスポーツ。それだけに体験や競技ができる施設は、移動手段が車に限られるような山奥の場所や、都市部だとしてもアクセスしづらい場所にある事が多い。電車などの公共交通機関で移動できたとしても課題はある。過去には大会会場の最寄り駅に車いすが使えるエレベーターがなく、結果的に選手たちが電車を使えない状況になった事もある。その点でここは、駅には車いすが使えるエレベーターがあり、比較的なだらかで整備されたアスファルトの道を通って水辺まで来られるため、拠点として適していた。

実は大事なトイレ問題

現役日本代表の小山真さん。カヌーの魅力は「水上に出てしまえば、バリアフリーを心から感じられる。水上から見る景色もすごく素晴らしくて大好きです」と話す【スポーツナビ】

またこのマリーナには、事務所に1つ、水辺の艇庫の並びに1つ、車いすでも使える多目的トイレがある。水辺の近くにある事は"気軽に"楽しむためにかなり重要なポイント。
現日本代表で世界選手権出場経験もある小山真選手は、車いすで行動する上で「これだけ水辺からすぐのところにあると便利ですね」と話す。

「(トイレが遠いと)いったん着替えて、トイレに行って、また水上に戻って(の動きになる)。試合のときは、常に時計を見ながら『試合の何分前だから、何をやって、次は何をやって』と、自分の中でルーティンを全部組んでやらないといけない部分があります」

障がいの有無にかかわらず水辺のトイレ問題は恐らく共通。移動手段が車いすの場合は、さらに動きに時間がかかる事は想像に難くない。トイレが遠い場所にしかないと、「行きたくなってからだと間に合わない」という気掛かりができてしまう。その気掛かりを少しでも減らす環境づくりは、 楽しく安心してパラカヌーを楽しむために大事なポイントなのだ。

新拠点のマインド「車いすの方が来ても、特別な事じゃない」

港には常設されている上下可動式の桟橋。これがあるとないのとでは、乗り降りのしやすさが大きく変わる【スポーツナビ】

新拠点となったラクスマリーナには、水辺の多目的トイレの他にも、二段式スロープの通路、カヌーに乗り込む際に使う上下可動式の桟橋など、さまざまなバリアフリー設備が整う。それらは今回のために整えた新設備ではなく、以前から使われてきたものだ。

バリアフリーのきっかけは、今から15年以上前にあった。当時の所有者だった京成ホテルが系列ホテルの増築を行う際に決めたコンセプトが、高齢化社会に向けた"バリアフリー"だった。ホテル改修の流れにのって、マリーナもバリアフリー化を進めた。

「車いすの方が来ても当たり前なんです。特別な事じゃない」
当時京成ホテルの社員としてバリアフリー化に取り組んだ、秋元昭臣ラクスマリーナ専務取締役は、からっとした笑顔で話した。

「当時はバリアフリーという言葉が、今ほど知られていない時代でした。ホテルを改修する時には(自分たちの意見で)勝手にやっても仕方がないので、障がいを持った人たちに意見を直接聞きました。マリーナだったらこうしたい、ホテルだったら......とか。具体的に話を聞いて、その対応ができたらまた来てもらって。再び指摘を受けてまた直して、その繰り返し(笑)。だんだんと良くなっていったんです」

長年バリアフリーに取り組んでいる秋元昭臣さん。自身はヨット選手として国体にも出場。水辺で遊ぶ楽しさを伝えるべく、まだまだ多くの企画を準備している【スポーツナビ】

大学では工学部。福祉は手探りの分野だったが、バリアフリー規格の勉強会に参加するなど積極的に知見を広めた。会社と障がいを持つ協力者たちと意見を出し合い、試行錯誤を重ねて改修を推進。平成15年度には京成ホテル株式会社としてバリアフリー化功労者表彰で内閣総理大臣賞を受賞した。
取り組みを進めながら秋元さんは、視覚障がい者のガイド資格やヘルパー2級などの福祉関係の専門資格を取得した。秋元さんだけでなく、「他の女性社員も視覚障がい者のガイドを取ったりしていますよ」と施設全体に受け入れ体制が浸透している。

ハード面とソフト面で改善を進めて今がある。大事なことはやってみる事だ。
「最初は視覚障がいの方を対象に改修。その次は聴覚障がいの人。ただ手話ができないとね。でも手話ができなくても筆談だってできる。そうやってどんどんクリアできるんです。今は手話通訳者の方もいますし、それにスマホでも(文字を打ち込んで会話)できるもんね」

バリアフリー重視の姿勢は、土浦市の指定管理業者として管理をする今も変わらない。

「ヨーロッパにはどこに行っても地域のスポーツクラブがあると聞きます。そういったスポーツクラブのひとつとして、誰でもここに来てマリンスポーツを楽しめる、そういうマリーナにしたいと社長と話しています」(秋元さん)

吉田会長「レガシーを2020年以降にどんな形で残すか」

新拠点の愛称「Canoe base for the Challenged」を掲げる吉田義朗会長【スポーツナビ】

霞ヶ浦の立地と、充実した施設。吉田会長はこの取り組みから、「カヌーを好きな人をたくさんつくる事が大事」、そして「すべての障がい者がいろいろな形で社会に出ていく」きっかけとなる事を願っている。

「僕らからすれば2020年のパラリンピックはきっかけにしか過ぎない。よく言われるレガシー(遺産)という言葉がありますが、そのレガシーを2020年以降にどんな形で残して、どんな形でつくっていく事ができるのか。それが僕らに問われている事ではないかと思っています」

新拠点の愛称は「CANOE BASE for the Challenged」。「Challenged」とは、障がいを持つ人を表す新しい言葉で、挑戦するチャンスや資格を与えられた人という意味。愛称には「挑戦者のためのカヌー拠点」という願いが込められている。

心地良い風が吹く霞ヶ浦には、カヌーやセーリング、マリンスポーツを楽しむ人の姿が見える。
「ここが年中カヌー乗りが来るような場所になったら面白い。健常の人だけじゃなくて、(障がいを持った人も含めて)"ごった煮"の世界を見たいですね」(吉田会長)

自然の中で遊ぶこの空気感を、誰もが味わえるような場所を目指して。熱意を持った仲間たちが手を取り合い、パラカヌーのレガシーづくりが動き出している。

(取材・文:小川麻由子/スポーツナビ)

■パラカヌー体験問い合わせ先
日本障害者カヌー協会 03-6229-5440


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