ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.08.15

イギリス研修を経て、池江璃花子の指導へ 三木二郎が思う「勝負で表れる自信」とは

高校2年生で2000年シドニー五輪に出場し、04年アテネ五輪の2大会に個人メドレーの選手として出場した三木二郎さん。現役選手を引退後、株式会社ミズノに勤めて選手たちのサポートを行っていたが、16年から18年、日本オリンピック委員会(JOC)の海外研修制度によってイギリス水泳連盟に派遣。50メートル、100メートル平泳ぎ世界記録保持者のアダム・ピーティーら、イギリス代表選手たちの指導を経験し、18年6月から池江璃花子(ルネサンス/淑徳巣鴨高)のコーチに就任した。

その明るい人柄から、みんなに愛されるキャラクターとして現役時代から知られていた三木コーチが、選手として世界を経験したこと、外から選手をサポートして見えたこと、そして指導者として国内外の選手を見たときに感じたこととは。35歳となった今、数多くの選手と接してきた中で感じたことを、代表選手たちへのメッセージと合わせて話を伺った。

時代の違いを実感する今 指導者側の変化も必要

競泳の個人メドレー代表選手として、五輪2大会に出場した三木二郎さん。高校生で出場したシドニー五輪から18年が経ち、コーチとして選手指導にあたっている【田坂友暁】

――今年、指導者としてプールサイドに立つことになりました。率直に、自分たちの時代と違うなと感じることはありましたか。

私たちの世代の選手は、みんな良い意味で個性が際立っていた印象があります。例えば20人の選手がいたら、20人が全員それぞれ「こうしたい」という別々の強い想いを持っていました。そういう個性の強い選手たちが、ここぞというときに団結することで、ひとつのチームとして結果を残していく。
今の選手たちは、どちらかというとおとなしいというか、素直な選手たちが多いですよね。もっと自分はこうしたいんだ、ということを主張したり、個性を思い切って出していったりすると、もっと個々の力を引き出せる可能性があるんじゃないかなと思います。

カルチャーショックを受けた出来事もありました(笑)。例えばですけど、みんなプールサイドに携帯を持ってきているんです。さすがにビックリして、ある選手にせめて練習前の30分、練習後の30分は携帯を触らないことはできないかと話しました。やるときはやる、遊ぶときは遊ぶというように、すべてにおいてオンとオフをハッキリと区別させておくことは競技者として大切なことであって、それは小さなことの積み重ねだから、練習前後は携帯を触らないということも大切なことだと伝えたんです。そうしたら、その選手は次の日からプールサイドに携帯を持ってこなくなりました。
この出来事で感じたのは、言い方次第なんだなということ。昔だったら、「お前、携帯なんか持ってくるな」と言われて、選手は「はい!」で終わりだったと思うんです(笑)。でも今は違う。なぜ携帯をプールサイドに持ってきてはいけないのか。その理由付けをしてあげて分かってもらえば、素直な選手たちですから、ちゃんと分かってくれるんです。

自分たちにとって常識だったことが今では非常識だったり、逆に選手たちにとっては常識だけど、私たちにとっては非常識なことだったりすることもあります。私たちの常識だけで「こんなこと、ちょっと考えたら分かるやろ」ということも、時代が違えば経験したこともなければ、考えもしなかったことの場合もあるわけです。その違いを私たちはまず知らないといけない。そのうえで、必要ならば理由付けをして説明をしてあげれば良い。時代が変われば、変わっていくこともある。その変化に私たち指導者も対応していかなければならないと感じています。

イギリスでの指導者研修を経て、6月からは池江璃花子(写真)のコーチとしての活動をスタートさせた【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

――時代の変化に合わせて、物事の伝え方も変えていくことが大切だということですね。

当たり前のことを当たり前にやる。この大切さは、今も昔も変わりません。私はこの「当たり前のことを当たり前にやる」ということについて、「手の汚れは取れるけど、心の汚れは取れないよ」という言い方で選手に伝えています。
例え話ですが、会社にゴミが落ちていたとき、それを拾ってゴミ箱に捨てる人って少ないと思うんです。でも大切なことは、誰が落としたかどうかは関係なくて、ゴミなんだから拾えば良いだけのことです。ゴミが落ちていたら、拾って捨てる。本当は当たり前のことなのに、実はできていないことって多いんです。

この話で言えば、ゴミを拾ったことで手が汚れてもそれは洗えば済みますけど、「あのときゴミを拾っておけば良かったな」と、後悔という心の汚れは取れないんです。もしそういう後悔をしてしまったら、次からは心の汚れを残さない行動をすれば良い。あいさつもそうですよね。「あのときあいさつすれば良かった」と後悔するなら、あいさつをすればいいだけです。もしかしたら、そういう考え方は古いですよ、なんて言われるかもしれません。でも、良いものや伝統は残していきたいですし、当たり前のことは当たり前にやることは、時代が変わっても大切なことだと思っていますから、伝えて継承していきたいですね。

スランプに悩んだ経験も......見つけた「這い上がり方」

現役時代は、北島康介(左)らとともに平井伯昌氏(右)に指導を仰いだ。写真は2000年6月撮影【写真は共同】

――三木コーチご自身の話を伺いたいのですが、初めての国際大会がシドニー五輪だったんですね。

当時の全競技の男子最年少(17歳)でした。出場する国際大会の規模も段階を踏むことが普通ですが、私の場合は最初の国際大会が最高峰ですから、もう衝撃でしたよね。ですが、最初に最高峰の大会を経験したことで、「この世界でもう一度戦うんだ」というモチベーションになりましたね。シドニー五輪は準決勝敗退だったんですが、タッチしたときに「あ、次の五輪まであと4年しかない」と思ったのを覚えています。五輪という最高峰の舞台を最初に経験したからこそ、その舞台で戦いたい、という気持ちが強くなったんです。
とはいえ、アテネ五輪までずっとモチベーションを高く保てたか、というと、そうではありませんでした。02年、ちょうど大学に進学して環境が変わったタイミングで、全然記録が伸びなかったんです。高校時代よりも練習しているし、その練習タイムも上がっているのに、なんでベストが出ないんだろうと悩みましたね。

――まさにスランプですね。そこからどうやって脱却したんですか。

当時指導していただいていた平井伯昌コーチにアドバイスをいただいたり、友達から励まされたりしましたけど、結局たどり着いたのは、「自分が水泳を好きなのか嫌いなのか。これからも競技を続けたいのか。そして、五輪を目指したいのか」という心の部分でした。
水泳選手って、結構過去にこだわってしまうんですね。過去の記録を引っ張ってきて、去年の試合前のタイムはこうだったけど、今はこのタイムで泳げているからベストが出る、とか。でもそんなものに根拠はないじゃないですか。練習のタイムが以前よりも良くなっているから、必ずベストが出るとは限らないわけです。
結果が出せないのは、練習内容がどうとか、そういう問題ではないんです。スランプの本当の問題は、精神的なもの。それに気付けたから、私は翌年からまた記録を伸ばすことができました。

――過去を基準に考えていると、うまくいっているときはその練習が自信になるけれど、うまくいかなくなったときに疑念が生じて、それが不安につながって、自信がなくなってしまうわけですね。

そうなったら、もう自分で心の整理をするしかないんですよ。いわば、自分のなかの"ミニ二郎"に聞くわけですよ(笑)。「お前、ホンマにシドニー五輪で悔しいと思ったんか? アテネ五輪でもう一回、五輪という場所で戦いたいと思ってるんか?」と。そうやって自問自答して、最終的に自分なりの答えを見つけるしかない。その答えのひとつが、「水泳が好きで、もう一回五輪で戦いたい」という気持ち。それが分かれば、覚悟が持てますよね。過去の自分と比べるのではなくて、前を向いて、新しい自分を作っていけば良いんです。
もちろん、ミニ二郎との会話だけで気持ちが吹っ切れたわけではありません。平井コーチのアドバイスもありましたし、私は友達に恵まれていたので、落ち込んでいる私を友達は励ましてくれました。今でも覚えているのは「二郎の人柄があるから、俺らは応援するんやで」と言われて。本当に今でも感謝しています。

アスリートは、個人スポーツでも団体スポーツでも、ひとりでは競技力を向上させることはできませんし、結果を残すことはできません。自分の周りの方々が応援してくれたり、協力してくれたりするからこそ、つらいときも頑張れるし、スランプになっても這い出られるし、それが結果につながるんです。だからこそ、自分を応援してくれる人を増やせるような人間力をつけることは、アスリートにとってとても大切なことなのだと思っています。

世界一の選手も"一生懸命" それが自信につながる

イギリス研修時には、代表チームの指導で世界記録保持者のアダム・ピーティー(中央)らと接した【写真:ロイター/アフロ】

――その人間力というのは、どうやって育んでいくものだと考えていますか。

縁もあると思いますが、やっぱり自分が目標に向かって、ひたむきに頑張っている姿を見せることが大切なのだと思います。
最初から応援してくれる人が5000人いますというわけではないですよね。だから、コツコツ積み上げていって、自分はとにかく目標に向かって一所懸命努力すること。結果を出すこともそうですが、結果が出せなくても努力をし続けること。そういう姿を見せていくと、自然と応援する人たちや協力してくれる人たちが増えていく。いわゆるファンですよね。そこに大きなつながりが生まれて、巡り巡って自分が大変なときに助けになってくれるのではないでしょうか。
間違ってはいけないのは、そこに慢心すること。当たり前だと思ってはいけないですよね。環境などについてもそう思っています。
2年後、東京五輪というビッグイベントが待っていて、選手が練習する環境はとても良くなっていると思います。それは本当に幸せなことです。だから、五輪を目指すのであれば1分1秒を無駄にしないで、精進してほしいと思っています。

選手を取り巻く環境が良くなったからといって、競技力が伸びるわけではありません。そこに感謝する気持ちと同時に、何か自分なりのストイックさを持ってほしいと思っています。
イギリスの有名なアダム・ピーティーという平泳ぎの選手は、世界一になりましたし、世界記録も持っています。でも、さらに強くなるためにとてもどん欲です。そのひとつの例が、食事制限。彼はとても筋肉の付きやすい体をしていますから、動物性のタンパク質、つまり牛肉はほとんど食べないんです。タンパク質は、魚から取るようにしている。五輪で金メダルを取るという頂点を知っているからこそ、自分がもっと努力をしないとすぐに追いつかれてしまう、ということも彼は分かっているんですよね。
そうやって、自分がストイックに取り組んできたことが、最後には「こうしてきたから負けないんだ」という自信になって、最後の最後の勝負で表れるのかなと思っています。

だから、今の選手たちにも何かストロングポイントを持っておくこと。自分のなかにぶれない柱を持っておいてほしいと思っています。そうすれば、たとえ記録が伸びなくて不安に襲われてスランプに陥ってしまっても、必ず這い上がってこられるはずです。
自分は水泳が好きで、五輪という最高峰の舞台で戦いたいという気持ち。そのために、自分がこれに取り組んできたんだ、というストロングポイント。これらを自信にして結果につなげるには、地道な努力が必要である、ということです。そして、この努力が周囲の人たちを味方につけることにもつながる。
こういうことを私は選手に継承していきたいですし、それが自分の役割なんじゃないかなと思っています。


▼ライタープロフィール

田坂友暁
1980年、兵庫県生まれ。バタフライの選手として全国大会で数々の入賞、優勝を経験し、現役最高成績は日本ランキング4位、世界ランキング47位。この経験を生かして『月刊SWIM』編集部に所属し、多くの特集や連載記事、大会リポート、インタビュー記事、ハウツーDVDの作成などを手がける。2013年からフリーランスのエディター・ライターとして活動を開始。水泳の知識とアスリート経験を生かした幅広いテーマで水泳を中心に取材・執筆を行っている。


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