ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.03.25

"共生社会"を経験する大きな機会に 文化・教育委員会 今村久美さんに聞く(前編)

モーリー・ロバートソンさん(左)が認定NPO法人「カタリバ」の今村久美代表と、教育現場の現状と未来について語る【写真:築田純】

 東京オリンピック・パラリンピックまで残り2年を切り、急ピッチで準備が進められている。"世界的スポーツの祭典"が近づくにつれ、東京の街、そして日本全体も徐々に変わっていくことになるだろう。

 1964年に行われた東京大会では、国立競技場などのスポーツ施設が建設されただけでなく、東海道新幹線、首都高速道路などのインフラも整備された。それは、戦後の日本が急速に成長していった象徴的な出来事にも見られている。

 では、2020年の東京大会で、日本はどう変わっていくのか?

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会では、「アクション&レガシープラン」として、オリンピック・パラリンピックを東京で行われる世界的なスポーツ大会としてだけでなく、20年以降も日本や世界全体へ様々な分野でポジティブな"レガシー(遺産)"を残す大会として"アクション(活動)"していく計画を立てている。

 今回は、テレビ番組で活躍するタレント・ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんが、「アクション&レガシープラン」のキーパーソンに直撃レポート。東京が、そして日本がどのように変わっていくかを深く切り込んでいく。

 第3回は、アクション&レガシープランの「文化・教育」委員会のメンバーで、認定NPO法人カタリバの代表理事を務める今村久美さんに話を聞いた。

10カ国対応が必要な教育現場

今村代表は、"共生"に慣れていない日本の社会が「オリンピック・パラリンピックをまさに、こういう経験をする機会にしたい」と話す【写真:築田純】

――まず「アクション&レガシープラン」において、文化・教育委員会ではどんなことが話し合われているのでしょうか?

今村久美さん(以下、今村) 基本的な考え方としてはオリンピック・パラリンピックをスポーツの側面だけではなく、文化活動の側面でもっと国民に近い存在にしていく活動であったり、または教育機会においてはこれほどのチャンスはほかにないので、子どもたちにとって良い機会にしていくにはどうするかということが話し合われています。
私たちの仕事は教育環境におけるものですが、モーリーさんは日本に住んで何年ぐらいでしょうか?

モーリー・ロバートソン(以下、モーリー) もう長いですね。続けて住んだのは25年以上です。

今村 これから外国人の単純労働者の受け入れが始まるところですが、これほど"共生社会"に慣れていない国もなかなかないかと思います。

 すでに教育現場では、定時制高校などに行くと、外国籍の生徒をたくさん見かけます。外国から研修生として来られた方のお子さんであったり、またはいろいろな形で日本に来られた方たちです。特にアジア系の方が多いですが、迎え入れる体制は整っているとは言い難いです。

モーリー そういう方々は(政府からしたら)統計の誤差ですよね。最初のプランとは違う想定外の人たち。そして国際結婚で生まれた子どもたちが2030年頃になると、学校に入るけど、少し日本語が追いつかないという現象も出てくると思います。

今村 ある学校の先生に話を聞いたら、現在でも10カ国対応しなければいけないそうです。学校としては、基本的に英語までは日本の先生たちにも備わっているプログラムとしていますが、(それ以上の言語の対応は)環境としてハードもソフトも整っていないことがあります。日本人にとっては慣れないことなので、それでも今後、受け入れるわけになるということです。

モーリー 私も先日、講演会でそのような話をしました。
「みなさんが10年後、子どもが通っている学校で、給食をムスリム(イスラム教徒)用に作るということが想像できますか? 豚肉を食べないのは分かるかもしれませんが、調理器具もラードに触れたことのないものを新品な状態から使って下さい。1回でもラードに触れたら洗ってもだめです」と。そう話すと、参加者の多くがポカーンとされていました。想像ができなかったようです。

今村 オリンピック・パラリンピックをまさに、こういう経験をする機会にしたいです。外国人の方々を仲間として受け入れるスタートにしていく良い機会に位置付けて、本気で取り組みたいと思っています。

 オリンピック・パラリンピックの招致は、経済的な側面が取り上げられることは多いですが、このように日本の共生を育てる良い機会と捉えるなら、教育環境にとってはチャンスになります。

モーリー そのお話にはとても共感します。ただすでに政府が発表した「経済財政運営の基本方針(骨太の方針)」の「50万人超の単純労働者を受け入れる」ということに反発している人が相当います。日本の人口が激減の淵に立っていますが、それでも「日本人だけで盛り返せる。外国人との共生は嫌だ」という声がまだまだ強いです。

今村 それでもどこかのタイミングで受け入れましょうという話なのですから、このオリンピック・パラリンピックで、特に私たち文化・教育環境で進めていきたいと思っています。

海外の方との小さな成功体験を増やしていく

2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックは、社会に問題を抱えながらも、スポーツの感動によって乗り越えて素晴らしい大会となった【Getty Images】

モーリー オリンピック・スピリットは、"共生"が前提なんですよね。ですが、その前段階で「共生したくない」、「共生するぐらいなら外国人は欲しくない」という一定数のグズグズがあって、そういう場合は話を聞いてくれる人に向かってやるしかないですね。

今村 多分、多くの国民にとって、単純に受け入れたくないのではなくて、不安なのだと思います。

 これは私の経験なのですが、実家の飛騨高山で、家の向かい側にある古民家を改修して「エアービーアンドビー」(民泊)を始めました。最初は近所の方から、「外国人を泊めるのは危ない。どこの国の人が来るか分からないから怖い」と、私の母が近所の方に言われていたそうです。母も最初は反対気味でした。それでもオープンしてから1年で20組から30組の方が利用してくれて、あらゆる国の方々が来てくれました。母が言うには、みなさん丁寧に利用してくれて、外国人というだけで危ないとか、ルールに従わないというわけでないと言っていました。これは1つ、海外の方を受け入れたうちの母の小さな学習だったと思っています。こういう小さな成功体験を、みんなが1つひとつ積んでいく機会に、今回のオリンピック・パラリンピックがなるといいなと思います。

モーリー 先日、やる気がある中国ベンチャーで成功した事業主と話す機会がありましたが、その方も飛騨高山に行ってみたいと話していましたよ(笑)。

 詳しく聞くと、飛騨高山は絶景だと聞いているので是非行きたいということらしいです。このような中国のお金持ちが来られるということは、ビジネス的にもチャンスですよね。

今村 そうですね。飛騨高山は外国人のお客さんによる交流人口で(経済が)成り立っているところもあります。

モーリー 日本人はあまり行かないですからね。そのうち経済的に上手な共存、外国人が地方にお金を落としていくことで地域ぐるみで納得することになるかと思います。つまりは、経済原則からのリアリズムで逆算すると、共生のほうが儲かるし、地方は過疎化しない。今はそういうことを突きつける時が来ているのかなとも思います。経済的に調和したゼロサム(一方の利益が他方の損失になること)ではない、ウィンウィン(双方に利益があること)の経済協力関係ができたときに、共生という価値観、美意識が成り立ちます。

今村 ビジネス機会になるという部分で外国人を受け入れることが経済的な面で助けられることを打算的に捉えつつ、それに加え心を育てるという面でも大事になるかと思います。

モーリー ロンドン大会がそうでしたよね。国内のブレクジット(イギリスのEU離脱)が問題になっていましたが、今のロンドン市長であるサディク・カーン氏はパキスタン系の方です。対抗馬となるポピュリスト(大衆主義信奉者)は人種を小道具にするので、相当ネガティブキャンペーンもされたようですが、ロンドン市民自体の多様化が進んでいることを表す代表例かと思います。やはりそれはロンドン・オリンピックのおかげでしょうし、もちろんパラリンピックも最高に美しいものでした。そこでは社会のインクルージョン(包摂)を示してくれ、目下進行中の問題への解決の糸口をオリンピック・パラリンピックが感動を通じて見せてくれたと思います。

 今の日本では、自己主張をなくしてお互いに調和するということが多いですが、海外から来る方はそうではないので、ここをどう橋渡しするかですね。

今村 世界において、みんながフェアネス(公正)を前提にしたルールの中で戦いができるのがオリンピック・パラリンピックのスポーツかと思います。本当に唯一に近い機会かと思うので、これを日本でやるということで、良い機会にしていきたいです。

自分で考え被災地支援の行動をした学生

今までの「一致団結」で乗り切るだけでなく、周りを受け入れる「多様性」を持って、社会の変化の問題解決をしていく【写真:築田純】

――東京オリンピック・パラリンピックに向けてどんな活動をしていきたいか、または今、計画していることはありますか?

今村 私としては、今までの「みんなで清掃活動をしましょう」とか「みんなで元気にあいさつをしましょう」という一律な内容だけではないと思っています。むしろ、「みんなでやろう」ではなくて、自分の頭で考えて、自分のやり方でソーシャル・アクションを、小さくてもよいので起こしていく機会にして欲しいと思っています。そのような子どもたちにとっての機会をたくさん作っていくということをしていきます。

モーリー 「みんなで一丸となって選手を応援しよう」という、今までのやり方だけではないということですね。

今村 私は教育の認定NPO法人「カタリバ」の運営を行っていますが、今、私たちが行っている取り組みとして、全国の高校生たちに「マイプロジェクト」という考え方を普及させています。これは学校や地域社会の方々、NPOの方々と協力し、高校生が何かしら自分が気になることや、「これは変だ」と思うことに対してソーシャル・アクションを考えて、アプローチしてみる。そしてできたこと、できなかったことの経験を振り返って学び、次の行動を起こすというものです。この「マイプロジェクト」学習サイクルを、学校の先生方に導入していただけるように、全国を歩いています。

 例えば外国人の方たちとの関係性だったり、地域のおばあちゃんが一人ぼっちの状況を考えてみたりとか、東北地方だと仮設住宅の前でおじいちゃんがずっと空を見上げているという日常もあったりします。そのようなことに気づくことで、みんなが一律で同じことをやるのではなく、それぞれで取り組んでみるということです。これを始めたのが2013年なので、オリンピック・パラリンピックの活動よりも前のタイミングでしたが、この活動を広めていきたいと思っています。

 東日本大震災が起こった際は、11年に東北へ引越しし、宮城県女川町の避難所で一時期生活させてもらいました。被災地支援というのは、格差が生まれやすく、課題が浮き彫りになってくるのですが、そこで集中的に教育支援をしていました。

 岩手県大槌町で活動をしていた時、ある男の子が、「震災を経験してから自分は助けられる一方だったけど、自分も助ける側になりたい」と話したことがありました。彼は、もともとの集落が解体してしまい別々に住むことになってしまったお年寄りが孤独になってしまったことに気づきました。そこで地域の方ともう1回つなぎたいと考え、その高校生チームが、みんなでその集落の人間関係をつなぎ直す企画を何度かやりました。そのアプローチは上手くいかないこともあったり、予想外に役に立った実感もあったりと話し、それは今まで机の上で学んできたことよりも大きな学びになったとのことです。今彼は高校を卒業して、東京で学んでいますが、もう一度岩手県に消防士として帰るそうです。東京で学んだことを生かし、地域社会に貢献したいと話しています。

 そのように子どもたちが自分が見つけた課題に、自分でアプローチする。そのような多様なアプローチを多発させるということを教育機会で作っていきたいと思っています。

モーリー 今のような話は地方創生という掛け声の下に行われていることに対する、とても強烈な解決方法だと思います。

 今までは一致団結、みんなでひとつの行動を取ることが日本の美徳とされていましたが、これから新興国がやってくるから、"多様"に個人が取り組まないといけません。さらに踏み込んで言うと、過疎化が進んで、経済的にも陥没している地域は、若者が逃げてしまうのです。それでも大人たちは今まで通り、みんな一律の行動をして、まるでみんなで"雨乞い"をして奇跡を起こしたいかのようなやり方で取り組んでしまいます。でもそれじゃ雨は降らないですし、そのやり方じゃダメですね。子どもたちにもっと伸び伸びやらせてあげてという話はしますが、結局はスケボーを禁止にしてしまったり、昭和40年代、50年代のマニュアルに従わせてしまいます。これがどう変わっていくのかですね。

今村 今、教育界も学習指導要領の改訂ということで、子どもの主体性を育てていく、自分の頭でものごとを考える子どもを育てるという方面に変えようとしています。ただ、やはり教員養成されてきた方々が、自分が受けてきた教育をそのまま指導に取り入れることもあります。それでも先生方の中には、そのあり方を変えていこうという動きもあります。また今回のオリンピック・パラリンピック教育を通して、それを取り入れようという先生方もいらっしゃいます。

考える時間を与える教育を

モーリー このような現場の変化は、変わりたい人たちとそのほかの人との間で戦いになりそうですね。「あなたがそういうことをやると、うちもやらなきゃいけなくなる」とクレームが出そうです。先日も「置き勉」(学校に勉強道具を置いて帰ること)の問題がありましたよね。現実的に子どもが腰を痛めるから、学校が「置き勉を認める」としたけど、ほかの学校からはそこは予算で対応しているから圧迫されると文句が来るそうです。そういう風にやり方やフローが凝り固まって、既得権益というほどではないにしろ、そういうものでガチガチに固まった教育現場は、どのように氷解させられるかですね。

今村 今は何かを変えるための情報交換がSNSでできるので、ものすごくコストは下がっていると思います。誰かが「うちの学校ではこういうルールがあるけど、それっておかしいよね」と発信すれば、そこから動き始めます。置き勉の問題も、それはずっと続いてきた問題でしたが、SNSなどを通して情報交換され変わってきましたよね。それこそ冬なのに半そで半ズボンで過ごさなきゃいけないというルールも、誰かが「おかしい!」と発信できたりします。

モーリー 私も日本の小学校5、6年生の時は半そで半ズボンで過ごしました。そのおかげで元気な体になりました(笑)。

今村 そういう側面も一理ありますね(笑)。

 ただ、「そういうやり方ではないよね」とする学校も出てきています。角川ドワンゴ学園だったり、堀江貴文さんが開校する学校だったり、新興的な動きも出てきているので、これから変わっていくと思います。それに今は変わらざるをえない環境になってきていると思います。

 例えば、授業の中で1番最初に手を挙げて、1番に発言するということを日本の学校では良いとされます。ですが、もしかしたら、ゆっくり考えている子どももいるかもしれないですし、じっくり考えた上で、何かに書いてから考えたい子どももいるかもしれません。一律の方法だと、その考える機会さえ奪っているということに気付けないということを問題視している学校もあったりします。

モーリー ゆっくり考える時間を与えるということですね。

今村 むしろ、元気な子どももいていいし、ゆっくり考える子もいていいという考え方です。

モーリー 住み分けして共生するということですね。それはいい考えですね。

今村 そういう風に少しずつ学校も変わってきているところです。