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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2017.10.24

MGCが生み出す長距離の意識改革 瀬古リーダー「日本のマラソン界変わる」

「段階をしっかり踏んでいける選考システム」

日本陸連が打ち出したマラソン選考方法の「MGCシリーズ」などについて、瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーに話を聞いた【スポーツナビ】

 日本陸上競技連盟が2020年東京五輪へのマラソン強化策として新たに打ち出した選考方法である「マラソングランドチャンピオンシップシリーズ(MGCシリーズ)」。今年8月に開催された陸上の世界選手権ロンドン大会では、入賞者ゼロで資格獲得者は出なかった。しかし、国内レース第1弾だった8月27日の北海道マラソンでは男子2時間15分以内、女子2時間32分以内で優勝という条件を、男子は村澤明伸(日清食品グループ)、女子は前田穂南(天満屋)がクリア。「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」への戦いが動き始めた。

 日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーはここまでの結果をこう評価する。

「世界選手権は男女ひとりずつくらい入賞をして資格をクリアして欲しいと思っていましたが残念でした。世界大会初出場の若い3人に『何も考えずにやれば』と期待していましたが、考え過ぎて自滅した形になりました。ベテランの川内優輝選手(埼玉県庁)と中本健太郎選手(安川電機)はしっかり走ったと思いますが、若手に関しては経験不足だったと思います。夏のマラソンではありますが、数字的に見れば日本の選手も自分の力をしっかり出せれば絶対に入賞やメダルというところまでいけます。自分の力を出せていないというところに問題があるので、出せるように経験を積んでいかなければいけない。そのためにも段階をしっかり踏んでいける選考システムに変えて良かったと思っています」

MGC本番へのアプローチ方法もチャレンジできる

マラソンで成績を残すには「3〜4回目くらいがちょうどいい」と話す瀬古リーダー【スポーツナビ】

 19年9月以降に開催される予定のMGCへの出場資格は既報されているように、MGCシリーズと指定された17年度と18年度に開催される男子5レース、女子4レースで6位以内に入って基準となる記録を突破した選手。さらにワイルドカードとして17年世界選手権8位以内、18年アジア大会3位以内のほかに、今年8月1日から19年4月30日までの国際陸連が世界記録を公認する競技会で、男子は2時間08分30秒以内、女子は2時間24分00秒以内の記録を出した者。期間内の上位2レースの記録の平均が男子は2時間11分00秒以内、女子は2時間28分00秒以内を出した者となっている。

 MGCで2名の代表を決めるが、さらに「MGCファイナルチャレンジ枠」を設け、"MGCファイナルチャレンジ派遣設定記録"を突破した選手1名を代表に選考する再チャレンジの道も残した選考方法になっている。

「夏のマラソンは我慢強さや粘り強さが必要ですが、それでは入賞が精一杯でメダルまでは届かないかもしれません。さらに世界選手権や五輪ではペースの上げ下げがありますが、それに対応するためにはスピードを持った者の方が有利ということもあり、最後の1枠ではスピードのある選手を選ぶという形をとっています。そこに至る過程のMGCシリーズでは、女子はペースメーカーを中間点までにしようと考えています。一方、男子の場合は世界基準でいかないとダメなので、そのためにもペースメーカーを置きますが、すべて同じペース設定だと面白味もないし、選手にも画一的な走り方を強いてしまいます。
 例えば東京マラソンが2時間3〜4分を目指すペースでいくなら、福岡国際マラソンは2時間6〜7分台を目指すペースにするなどバラエティーを持たせ、それぞれの選手が目指すレースを選択できるような形にしていきたいです」

 MGCシリーズの男子の1〜3位の2時間11分00秒以内、4〜6位の2時間10分00秒以内というのも余裕を持たせた設定だ。これなら初マラソンの選手でも最初から高望みすることなく挑戦できる記録でもある。

「当然それ以上いかなければいけないですが、最低限のところだし、初マラソンの学生でもいけるレベルだと思います」という瀬古リーダーは、自分の感覚からすればマラソンは3〜4回目くらいがちょうどいいと思うと話す。1回目はマラソンがどういうものか経験するためのレースで、2回目はそこで出てきた課題を克服する為のレース。そして本当の勝負はマラソンがなんたるかを知った3回目以降になる。そう考えればMGCシリーズが初マラソンの選手も、本番が3回目という形になるのだ。

 その点では今年のボストンを2時間10分28秒で走って初マラソンを経験した大迫傑(ナイキ・オレゴンプロジェクト)が12月の福岡国際マラソンで2時間7〜8分台を狙おうとしている取り組みを冷静だと評価する。またベルリンで2時間9分3秒で走っている設楽悠太(ホンダ)も東京マラソンあたりで記録を狙うだろうが、最悪でも2時間12分57秒で走れば2レースの平均で資格をクリアできる立場にいる。

「いろいろなアプローチの仕方はあると思いますけど一番やってほしいことは、早く記録を突破して資格を獲得して、来年をチャレンジの年にしてもらいたいということ。これまでは毎年、世界選手権や五輪などの重要な大会があるために、常に選考レースとなってしまい、練習という面ではどうしても控え目になってしまうことが多かったです。ですがMGCの資格を獲得していれば次に結果を出さなければいけないのはそのレースだけになるので、今までやれなかったことをやることもできるし、レースで失敗を恐れず冒険できる。半年とか1年とかガッチリ練習をするなど、普段できないことをやれる1年にすれば、その選手のステージもまた一段上がるのではないかと思います」

1人が記録を出せば続く選手はたくさんいる

9月のベルリンマラソンで自己ベストを更新した設楽悠太。彼らの中で1人、日本記録を更新する選手が出れば、続いていくだろう【写真:ロイター/アフロ】

 資格を獲得すれば、それで五輪候補選手となって日本陸連の支援対象選手にもなる。

 北海道で優勝した村澤にしてもしっかり準備をして記録を狙うレースに挑戦してもいいし、もう一度足元を固めるためのレースに挑戦してもいい。またMGCで戦うための経験として、ペースメーカーがいないシカゴマラソンやニューヨークシティマラソンなどで世界のトップ選手たちと真剣勝負をしてみるという選択肢もある。

「そうやってしっかり準備をした選手たちがガチンコで勝負するレースになるから、MGCは本当にプレッシャーがかかる大会になります。代表選考会のプレッシャーは本番より辛いものがあるんです。僕の現役の頃もそういう形で選手たちが全員集まってやっていたのでメチャクチャ緊張感がありました。日本選手権の100メートルなどと同じで、日本で一番を決める大会の緊張感を経験することが、世界にも通用していくと思います。日本で通用しない選手が、世界で通用するということ自体があり得ないわけですから。だからここでガチンコでやって一番強い選手が世界へ行くという、昔のようなワクワク、ドキドキするレースができるということで、選手たちもすごくワクワクしていると思います。その中で『あいつらにどうしたら勝てるんだろう』などとワクワクしながら考えている選手が勝つようになると思いますね」

 五輪候補選手のみで戦うMGCは、本当の勝利の味を知るという意味でも重要だと瀬古リーダーは言う。押しつぶされそうなプレッシャーの中で勝つことは自信になるし、それをくぐり抜けて代表になった選手たちは、五輪本番では本気の挑戦者として挑めるようになる。
「ペースメーカーは付かないから、30キロからの駆け引きをガンガンやってほしいですね。本当はそこに川内選手あたりがやってきて、グチャグチャにしてくれたらもっと面白くなると思うんですが」と言って笑う。彼自身MGCシリーズに出場しなくても、国内外で開催されるレースに出場して2時間08分30秒を突破したり、2レース平均で2時間11分00秒という条件をクリアしさえすれば、出場資格を得られる立場にいるからだ。

「ただ、世界と戦うという面では日本記録を早く出してほしいというのはあります。男子100メートルで桐生祥秀選手(東洋大)が9秒98を出したことで、山縣亮太選手(セイコー)やサニブラウン アブデルハキーム選手(東京陸協)、ケンブリッジ飛鳥選手(ナイキ)などもすぐに9秒台を出しそうな雰囲気になってきましたが、マラソンも同じなんです。ケニア人選手たちがいくら記録を出しても本当の刺激にはならないのですが、同じ日本人が出せば『あいつが出せれば俺だって』ということになる。そういう点ではベルリンで2時間9分を出した設楽選手も、その前にチェコのハーフマラソンで日本記録を出すような新たな挑戦をしていて可能性は高いと思うし、自分をしっかり分かってマラソンに挑戦し始めた大迫選手も大きな可能性を持っています。それ以外にも井上大仁選手(MHPS)もそうだし、村山謙太選手や市田孝選手(ともに旭化成)など記録を出せそうな選手は何人もいるんです」

マラソン→トラックへの切り替えも可能に

マラソンがダメならトラックでの挑戦という切り替えも可能なシステムに。この試みが「日本のマラソン界も変わっていく」きっかけになると話す【スポーツナビ】

 さらにMGCを東京五輪前年の秋に開催するということで、マラソンで代表を逃した選手が五輪へ向けてトラックで挑戦できるため、男女ともトラックでも実績を残している選手たちをマラソンの代表争いに引き込めるという利点もあるという。

 これまでのように3月まで選考会を引きずっている場合だと、トラックに切り換えてもその準備期間は短かったが、このシステムなら半年以上の準備期間を取れる。

「男子1万メートルも今は3000メートルの強化から始めていますが、その距離のスピードがなければ1万メートルでも途中の揺さぶりに耐えられないからです。だから1万メートルの日本記録を伸ばすためにも、早く3000メートルの日本記録を破って欲しい。ですが、現実を見てみれば高岡寿成さん(男子マラソン日本記録保持者、現カネボウ陸上競技部監督)も大迫選手も3000メートルの日本記録保持者だし、私も学生時代には3000メートルで日本記録を出してその年の福岡国際マラソンで優勝しています。DeNAのビダン・カロキ選手も今年のロンドンマラソンを2時間7分41秒で走り、世界選手権の1万メートルでは26分52秒12の自己記録を出しているように、マラソンをやればスピード持久力が上がって1万メートルの記録も伸ばせるようになります。3000メートルから積み上げてきた選手たちがマラソンもやりながら1万メートルの記録をバンバン伸ばすようになれば、日本のマラソン界も変わっていくと思います」

 東京五輪マラソン代表選考でのMGCシリーズとMGCの設立。それは選手たちの陸上競技に対する意識改革を促す手段でもあるのだ。


▼ライタープロフィール

折山淑美
1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。


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