ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2018.07.24

「東京五輪の100メートル決勝で走る。それが目標」

日本人で初めて100メートルを9秒台で走った男、桐生祥秀。
17歳で、彗星のごとく日本陸上界の表舞台に現れた桐生は、22歳となった今、どのような思いで競技と向き合っているのか。
9秒台を出すまでの葛藤から、自身の引退のタイミング、そして2020年東京五輪での目標について。日本陸上界で最も注目を集める桐生が、その心の内を語る。

桐生祥秀が、どこにでもいる普通の高校生から、「日本人で初めて9秒台を出すであろう高校生」に変わったのは、彼が高校3年の(2013年)4月29日のことだった。広島で行われた織田記念国際の予選で、桐生は日本歴代2位となる10秒01の記録を叩き出し、一躍、時の人となったのだ。

2013年 織田幹雄記念国際陸上にて(写真:アフロスポーツ)

「あの日は、陸上人生が変わった日、と言える日でしたね。もちろん、9秒98を出した時もすごく注目はされましたけれど、ロンドン五輪やリオ五輪である程度その前から注目はされていたので、(注目されることへの)免疫はできていました。ただ、10秒01を出した時は、その日を境に、言わばゼロからイチになりましたから。いきなり、『応援してるよ』と街でも声をかけられるようになって。それまでは声をかけられるようなこともなかったですから、本当に一気に状況が変わりました。当時は正直とまどいもありました。まだ高校生で生意気でしたし、『陸上ばっかりじゃなくて、もっと遊びたい』という気持ちもありましたし」

高校を卒業後、東洋大学に進学した桐生だったが、そこでも引き続き周囲の期待とのギャップに苦しむことになる。

「(10秒01を出して以降は)もうずっと......いろいろとありましたね。例えば、ある大会に出場した時に、その大会では、タイムはたいしたことなくても、それこそ10秒3や10秒4でも、一番になればその時の自分の状況としてはもう100点だったとします。ただ、そういう状況で一番になったとしても、ゴールした後、取材陣に囲まれると、『今日はどういう理由で調子が悪かったのかな?』って(苦笑)。記者の人からすると、『タイムが悪いイコール調子が悪い』ってなっちゃう。そのギャップは常にありましたね。記者の人たちの数もタイムによって露骨に変わるんです。10秒0台を出した次の大会とかはメチャクチャ増えましたね。いきなり、もう何百人もいたり(笑)。逆に、10秒2とかだった次の大会では一気に減ったりする。だから、記者の人が少ない時には、『今日はみんな来てないから、今日こそ9秒台出してやるぜ』という気持ちになってました(笑)」

2016年 関東インカレ 100m・準決勝(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

そして2017年9月9日、桐生はついに日本人として初めて10秒の壁を破る。福井で行われた日本学生対校選手権の決勝で、9秒98を記録。ついに、「初めて9秒台で走った日本人」という称号を手に入れたのだ。9秒98を出した直後から続いた喧騒がある程度収まった今、桐生は当時を次のように振り返る。

「一番初めに9秒台を出せたことで、ホッとした感じはありましたよね。やっぱり、一番に出したかったし、一番に出せたことは大きかったと思います。9秒台を出す前は、どうしても他の選手のことが気になっちゃってましたし。例えば、こっちが4月にシーズンインだった場合、山縣(亮太)さんやケンブリッジ(飛鳥)さんが3月にシーズンインしてると、『3月のうちに(9秒台を)出されちゃうんじゃないか』って気になってしまって。だからとにかく、一番に9秒台を出せて、本当にホッとしました。もちろん、9秒台を出してそれで終わりではなく、その後も競技人生はまだまだ続いていくので、完全に気持ちが楽になったというわけではないんですが、9秒台を出す前と比較すれば、もう全然違います」

陸上競技の花形である男子100メートルで歴史に名を刻んだ男は、100メートルという競技のどこに魅力を感じているのだろうか。

「純粋に、自分で走っていて楽しい距離ですし、成長がわかりやすい距離でもあると思います。もちろん、陸上はどの距離もタイムがありますし、それぞれ成長もわかるんですが、100メートルはその中でも特別です。陸上をやったことない人でも、体育の授業で100メートルのタイムはほとんどの人が計るでしょうし、運動会などで走る機会もある。だから、100メートルはどの人も自分(の記録)とリンクさせられるんです。一般の人でも、自分の記録と比べられるというのが大きいと思います。『俺は高校の時、13秒だったのに、アイツは10秒かー』って(笑)。当然、世界との差もわかりやすい。100メートルで日本人が10秒を切ることがすごいということは、日本人ならば誰でも知ってます。そもそも、100メートルの直線を走って、一番先にゴールしたヤツがすごい、というシンプルさが魅力ですね」

今春、東洋大学を卒業した桐生は、日本生命に所属。大学に通いながらの競技生活だった学生時代とは違い、現在は競技のみに専念する毎日を送っている。

「学生のうちは、学生の大会がたくさんあったんですが、今年からはそれがないんです。それがこれまでとの一番の違いですね。学生の大会だと、100メートルを3本、200メートルを3本、リレーを3本で、合計9本走っていたわけですが、今年からは大会に出た時の本数も減りました。学生時代は本数をたくさん走るので、大会自体が練習にもなってたんですが、今年からはそれがない。なので、今はその環境の中でいかにしてパフォーマンスを上げていくのか、いろいろと試しながら探っている感じですね。あと、学生時代と大きく変わったのは、『頑張ろう』という気持ちかな。もちろん、大学の時も『頑張ろう』というのはありましたけれど、社会人になってからは、応援を肌で感じる機会が格段に増えたので。大学の時は、応援してくれるのは、監督、コーチ、親、友達くらいでしたけれど、社会人になると、会社でイベントとかもやってくれて、一般のファンの人も含めて、本当にたくさんの人が応援してくれているんだ、ということを実感するようになりました。やっぱり、応援はパワーになりますし、一方で、もう『めんどくさい』とか言ってられないな、という思いもあります(苦笑)。

それから、社会人になって、食生活にも気を遣うようになりました。それこそ、高校時代とかは朝は菓子パン1個とミルクティーとかだけで朝は済ませたりしてましたが、今はしっかりと朝ご飯を食べるようにしてます。ポテチや甘いものも食べなくなりましたし、野菜も意識的に食べるようになりました。アスリートとしては、栄養士をちゃんとつけたほうがいいという意見もありますが、陸上の短距離の選手なんて、それぞれトレーニング方法も違うし、言わば、自分勝手じゃないですか。自分の身体の状態は自分にしかわからないですし。それなのに、食事面だけ他人任せにするのもな、と思ってます。これ食べたら速くなる、という食べ物があるわけじゃないですし、もし、そうだったら、俺より速い人がいっぱいいるということになる。ポテチや甘いものを食べなくなったのも、パフォーマンスを向上させる為に必要だと思い、控えるよう意識しています。コーヒーも、かなり甘いカフェオレを飲んでいたのをブラックコーヒーに変えました。だから、身体もだいぶ変わりましたね。見た目的にも筋肉の筋が出てくるようになりましたし。大学1年の時は体脂肪だって10パーセント以上あったのが、今は7、8パーセントになりました。他の選手からしたら、まだまだストイックじゃないのかもしれませんが、自分としては頑張っています」

まだ22歳、今春、社会人になったばかりの桐生のアスリート人生はまだ始まったばかりだが、すでにセカンドキャリアにも興味があるという。「現役生活は、どんなに長くても30代で終わる。陸上をやめてからのほうが人生は長いですから、セカンドキャリアにもすごく興味があるし、純粋に楽しみです」と語る桐生は、自身の引退のタイミングについて、明確なイメージを持っている。

「思いきり走っても10秒3か4しか出なくなったら、もう陸上をやめます。スパッとやめたいです。速い人で終わりたいんです。だから、トッププレーヤーのまま引退したボルトのことは、純粋にカッコいいと思っています。ただ、引退に年齢は関係ないですね。記録が伸びているうちは、40歳でも50歳でもやりたいので。(目標とするタイムは)特に今は意識してないですね。数字じゃなくて、とにかく速くなれれば。少しでも速くなりたい、と思っています」

24歳で迎える2020年の東京五輪。桐生のキャリアにとって、東京五輪はどういった位置づけなのか。

「東京五輪はもちろんすごく意識してます。純粋に、出て活躍したい、という大会ですね。自国開催ということで、これまでに味わった五輪とも絶対に違うと思いますし。そもそも、五輪は他の大会、それこそ世界陸上クラスの大会とも全然注目度が違うんです。リオ五輪でリレーで銀メダルを取った翌年、ロンドンの世界陸上で銅メダルを取ったんですよ。で、ロンドンから帰ってきた直後に会う人にも、『リオのメダル良かったね、すごかったね』って言われました。五輪はもう、陸上の大会云々じゃないんですよね。国民として、見るのが当たり前、くらいの大会なんだと感じます。しかも、東京五輪は自国開催なわけですから、とんでもない注目度でしょうね。自分自身のキャリア的にも、良い年齢で東京五輪を迎えられることは運がいいと感じてます。
(目標は)100メートルの決勝で走ることですね。陸上をやってるからには、やっぱり、みんなの記憶に自分の走りを残したい。陸上でみんなが見るのは、やっぱり100メートルの決勝じゃないですか。たとえ日本人が出ていたとしても、予選や準決勝はそこまで見られない。みんなの記憶に残るためには、やっぱり100メートルの決勝の舞台に立たないとダメだと思います。なので、しっかりとラウンドを重ねていって100メートルのファイナリストになる。それが目標ですね。自国開催の五輪で、新しい国立競技場で、みんなの記憶に残る走りができたら本当に最高です」

(2018年7月 取材・文:岩本義弘 撮影:荒川祐史)

<プロフィール>
桐生祥秀(きりゅう・よしひで)
1995年滋賀県彦根市生まれ。日本生命所属。中学校で陸上競技を始め、全国大会で活躍。高校3年時には、当時のジュニア世界記録に並ぶ、10秒01をマーク。
東洋大学入学後は各大会で活躍、リオデジャネイロ2016オリンピックに出場し、陸上競技 男子4×100mリレーでは決勝でアジア記録を更新し銀メダルを獲得。2017年には世界陸上4×100mリレーで銅メダルを獲得。9月の日本学生選手権100m決勝にて、日本選手初の9秒台となる9秒98の日本新記録を樹立した。


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