ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.03.15

「大会中に義足や車いすが壊れたら?」"ピープルファースト"でパラリンピックをサポートするオットーボック

写真提供:オットーボック・ジャパン株式会社

昨年の12月3日、国際障害者デーのこの日、ドイツ・デューダスタットに本社を持つオットーボックが公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック組織委員会と東京2020スポンサーシップ契約を締結した。同社は30年にわたりパラリンピックにおいてアスリートが使用する義足や義手、車いすなどの修理、メンテナンスを担当。東京2020パラリンピックではオフィシャルサポーターとして「治療用医療器具、リハビリおよびモビリティーヘルスケア製品(義肢、装具、車いす含む)、外骨格装置」のカテゴリーで大会を支えることになる。

パラアスリートにとって自らの手足となる競技に欠かせない義肢、装具、車いす。22競技540種目、4400人の選手が参加する見込みで"史上最大規模のパラリンピック"となる東京2020大会をアスリートファーストでサポートするオットーボック・ジャパン株式会社の佐竹光江氏に話を聞いた。

「大会中に義足や義手、車いすが壊れたら?」当たり前の疑問が始まりだった

アスリートの活躍は本人の努力はもちろん、コーチやチーム、周囲の人々のサポートによって成り立っている。パラアスリートにおいては、義足や義手、車いすなどの義肢装具の調整、メンテナンスがベストパフォーマンスを発揮するための必要条件になっている。

「パラリンピックの会場で義肢装具が壊れてしまったら修理する人がいない」

オットーボックとパラリンピックの関わりは、いまでは当たり前にケアされている問題に気が付いた4名の義肢装具士がパラリンピック期間中に修理サービスを提供したことから始まった。

「1988年に行われたソウル大会で、パラリンピック期間中の修理やメンテナンスの必要性に気が付いたオットーボック・オーストラリアの4人の義肢装具士が、急ごしらえのブースを設営して修理に当たった。それが最初だと聞いています」

名称をパラリンピックに改称し「もう一つのオリンピック」としての転換期となった1988年のソウル大会以降、オットーボックは夏季・冬季パラリンピックでの無償修理サービスを続け、国際パラリンピック委員会(IPC)の設立やオリンピックとの関係強化など、パラリンピックの運営が組織化・体系化するに伴い、公式の修理・メンテナンスのサプライヤーとして大会に関わるようになった。

パラリンピックの発展とともに充実していくサポート体制

写真提供:オットーボック・ジャパン株式会社

「具体的にはパラリンピックの開催中、選手村や各競技会場にブースを設営し選手の義肢、装具、車いす、競技で使用する機器などの調整や修理、メンテナンスを行っています。1992年のバルセロナ大会では5カ国から10名の義肢装具士が現地入りし、移動用のサービス車も配備されるようになりました。以降、夏季・冬季パラリンピックに参加しており、2016年のリオ大会では29カ国から100人に及ぶ義肢装具士と技術者が10400時間、2408件のサービスを実施しました」

パラアスリートにとって義肢装具、車いすなどの故障や不調は競技の続行に関わる重大な問題だ。オットーボックではアスリートが速やかに競技に戻れるよう、万全の体制を整えている。

「パラリンピックでは、あらゆるメーカーの義肢、装具、車いすなどに対応する必要があります。そのために、修理のためのありとあらゆる部品や工具、設備、技術者をそろえなければいけません」

競技専用の義肢装具の進化はめざましく、メーカーがアスリートをサポートするケースも増えてきたが、オットーボックのブースではあらゆる事態に対応できるよう義肢装具士や車いす技術者などのほか、溶接の技術者もスタンバイしている。

競技だけでなく"日常生活"のサポートも

写真提供:オットーボック・ジャパン株式会社

イメージしやすいのが競技中、練習中のアクシデントによる故障だが、先に示したように期間中に提供するサービスが2000件を超えるほど多くの人がブースを訪れるのにはいくつかの理由がある。

「アスリートの使用するスポーツ用の義肢装具や車いすはデリケートな調整を必要とするものです。輸送の際に破損したり、調整が狂ってしまったりすることは珍しくないようです。意外に多いのが"日常生活用"の義肢装具、車いすの修理やメンテナンスです」

パラアスリートというと競技用の義肢装具や車いすに目がいきがちだが、大会期間中の普段どおりの生活を行うための義肢装具、車いすも当然使用する。競技に臨むためのコンディションづくり、集中するための環境づくりはアスリートファーストの観点から重要な要素だ。

「選手村内の生活や移動に不自由な思いをしてストレスを感じていたら競技に集中できませんよね。同じように選手のほかにもコーチや各国選手団の役員の方なども修理やメンテナンスを必要としています」

競技だけでなく生活に不自由が生じないよう、困ったときにすぐに対応してくれるブースの重要性を考えると、オットーボックがパラリンピック期間中100名に及ぶスタッフにより24時間体制で対応しているというのも納得だ。

インクルーシブ・インクルージョン時代に求められる"ピープルファースト"

写真提供:オットーボック・ジャパン株式会社

東京2020パラリンピックでもカテゴリースポンサーとして大会をサポートすることになるオットーボックだが、2012年からはパラリンピックメダリストを迎えて下肢切断者へのランニングクリニックを開催するなど、パラリンピックに参加するトップアスリートだけでなく、障害を持つすべての人がスポーツに触れ合うきっかけづくりにも注力している。

「ロンドン、リオのパラリンピック金メダリストのハインリッヒ・ポポフ選手(オットーボック・アンバサダー)や、北京、リオ銀メダリストの山本篤選手を指導者として迎えたランニングクリニックを開催しています」

パラリンピックメダリストの指導が受けられるこの機会は、本格的な競技者はもちろん障害を持つ人々とスポーツの接点として貴重な機会を提供している。日本では2015年から毎年開催されている。

「つきっきりで指導に当たるため参加していただける人数に限りがあるのが心苦しいのですが、参加した方からこちらが勇気をいただくような反響をたくさんいただいています。骨肉腫を患っていた女の子は、7歳で足を切断してから中学生になるまで走ることができませんでした。クリニック後に同行していた理学療法士の方から、『切断手術を受けたばかりのころから知っている彼女が楽しそうに走る練習をするのを見て、感動で胸がいっぱいでした』とお手紙をいただきました。若い方だけでなく、60歳を超えてマラソンを完走するんだと新たな目標を持った方などもいらっしゃって、走る喜びを多くの人に感じていただくきっかけづくりの重要性を実感しています」

ポポフ選手が初めて日本に訪れたとき、日本にはまだむき出しの義足を好奇の目で見る空気があった。

「日本ではマナー違反かな? 隠した方がいいのかな?」

佐竹氏はポポフ選手が軽い調子ながらこう尋ねてきたことをよく覚えているという。

「ポポフ選手は毎年学校を訪問して講演をしています。その学校ではポポフ選手の講演後にも積極的にパラリンピック教育を続けていて、義足について『障害じゃなくて個性なんだよ』と年上の生徒が年下の子に説明していると聞きました。パラアスリートへのまなざし、障害者に対する考え方もずいぶん変わってきていますが、こうしたことを続けていくことが何より大切だと思っています」

東京2020パラリンピックは、多くの人がパラリンピック競技とパラアスリートを通じて社会の多様性を身近に感じる絶好の機会でもある。

オットーボックは1919年、第一次世界大戦で負傷した兵士に義足を提供するために創業した。今年創業100年を迎える同社が掲げるのは「人、信頼、創造」に重点を置いた『ピープルファースト』。パラリンピックでのアスリートファーストは、すなわち、インクルーシブ・インクルージョン時代のピープルファーストにつながっている。


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