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2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.04.09

足で蹴らないサッカー、電動車椅子サッカー。映画『蹴る』が映し出す知られざる世界

電動車椅子サッカードキュメンタリー映画、『蹴る』――。

3月23日よりポレポレ東中野で上映されているこの映画は、足で蹴らないサッカーに人生を懸ける人々の姿が描かれている。

電動車椅子サッカーとは何か? 『蹴る』で伝えたいメッセージとは何か? そして、映画が果たせる役割とは何か? 本映画の配給を担当する福島成人氏に話を聞いた。

Ⓒ「蹴る」製作委員会

撮影期間6年以上。デートの様子や家族との生活も

電動車椅子サッカーは、電動車椅子に乗った4名の選手が、ドリブル、パス、回転シュートを駆使して、対戦チームとのゴール数を競うスポーツだ。SMA(脊髄性筋萎縮症)や筋ジストロフィー、脳性麻痺、脊髄損傷などにより自立歩行できないなど、日本障がい者サッカー連盟(JIFF)に加盟する7つの障害者サッカー(※)の中でも特に重度の障害がある選手がプレーしている。日本電動車椅子サッカー協会(JPFA)には561名、40チームが登録しており、日本代表チームは過去3回開催された全てのワールドカップに出場している。
(※7つの障害者サッカー:1.アンプティサッカー(切断障害)、2.CPサッカー(脳性麻痺)、3.ソーシャルフットボール(精神障害)、4.知的障害者サッカー(知的障害)、5.電動車椅子サッカー(重度障害等)、6.ブラインドサッカー/ロービジョンフットボール(視覚障害)、7.デフサッカー(聴覚障害))

本映画『蹴る』では、電動車椅子サッカーワールドカップの出場に全てを懸けて挑む選手たちの競技に懸ける思いはもちろん、日常生活に垣間見える人生の苦悩や恋愛模様、闘病生活や家族のサポート、介助の様子など、彼らの生き様そのものが映し出されている。

福島氏は、6年にも及ぶプロジェクトの始まりをこう話す。

「『蹴る』を撮影した中村和彦監督が、2011年に電動車椅子サッカーの大会を見に行かれたことがきっかけでした。競技自体も面白いと感じたそうですが、その試合で唯一の女性選手が特に輝いて見えたそうです。それがこの映画の主役の一人である、永岡真理選手です。その日は、なでしこジャパン(女子サッカー日本代表)が(女子サッカー)ワールドカップで初優勝して世界一に輝く前日だったそうですが、『なでしこジャパンがここにもいる!』と。永岡選手のとりこになった中村監督はその場で、4年後に開催される(電動車椅子サッカー)ワールドカップに向けてチャレンジする姿を撮影させてほしいと伝えたところから、このプロジェクトはスタートしました」

中村監督が一目で永岡真理選手のとりこになったことから、『蹴る』のプロジェクトはスタートした。(Ⓒ「蹴る」製作委員会)

中村監督はこれまでに、2006年ドイツで開催されたINAS-FID(国際知的障害者スポーツ連盟)サッカー世界選手権に出場した日本代表チームを密着した『プライドinブルー』、2009年台湾で開催されたデフリンピックに初出場した聴覚障害者サッカー女子日本代表チームを追い掛けた『アイ・コンタクト』、東日本大震災で甚大な被害を受け離れ離れになってしまった福島県南相馬市のマーチングバンド部が、Jリーグ・愛媛FCからの招待で試合前にスタジアムで演奏を披露したときの映像を中心に、震災を乗り越えていく姿を描いた『MARCH』など、サッカーのドキュメンタリー映画を数多く撮影していた。

「中村監督はただ撮影するだけではなく、かなり突っ込んで対象との距離を縮めるのが特徴かなと思います。『アイ・コンタクト』のときには自ら手話を身に付けて選手たちと直接会話できるようにしていましたし、今回の撮影にあたっても選手たちの状況を少しでも把握できるようにと、介護の資格を取って撮影に臨んでいました」

撮影期間は当初、ワールドカップ開催までの4年間を予定していた。資金のあてもないまま、他の映像関係の仕事や、介護の夜勤アルバイトを始めることで得られた収入をつぎ込んで撮り続けていたが、大会が2年延期されることになり、撮影期間は6年以上にも及ぶことになった。中村監督はストレスから腸炎を引き起こしてしまうこともあったという。

「ただ監督は、その分さらにいろんな人に話を聞くことができたし、選手たちにもさらに深く入り込むことができたと言っていましたね。映画の中では永岡選手以外にも8名ほどの選手が登場しますが、練習や試合だけでなく、実家に行かせてもらったり、普段の生活を撮らせてもらったり。永岡選手と北沢(洋平)選手がデートする様子や、家族との生活も撮影されています」

永岡選手と北沢選手のデートなど、競技だけでなく日常にも深く入り込むことでリアルな世界を映し出している。(Ⓒ「蹴る」製作委員会)

文字通り、選手はみんな命を懸けている

東京2020パラリンピックを来年に控え、障害者スポーツに対する関心は確かに高まっているといえる。だが一言で「障害者スポーツ」といっても、パラリンピック競技にも選ばれていないような、世の中にまだほとんど知られていない競技が数多く存在する。電動車椅子サッカーもその一つといえるだろう。

「選手の皆さんは、本当にものすごく思いを懸けてプレーしているんですよね。ドクターからはスポーツをするなんてありえないと言われたり......。海外遠征となると飛行機で何時間も移動することになりますが、身体に大きな負荷をかけることになるので選手にとって大きなリスクになります。実際、ものすごくテクニックがあって誰がどう見ても日本代表に選ばれるような選手であっても、それが理由で外された選手もいます。ドクターとしても選手の気持ちに応えてあげたいけど、それはできないと。文字通り、選手はみんな命を懸けてプレーしている。翻って、自分はそこまで命を懸けて何かに取り組んでいるのかと思うわけです。いわゆるメジャー競技のトップアスリートが世界の舞台で活躍したり、それまでの努力や挫折を乗り越えていく姿を見たりして、すごいなあと思うのと同じで、車椅子サッカーの選手たちもやっぱり本当にすごい。でも世の中には知られていない。だから少しでも多くの人たちに、彼らを知ってもらいたいというのが一番にありますね」

「選手が死ぬ気でプレーしている姿を見てほしい」と日本障がい者サッカー連盟会長の北澤豪氏は語る。(Ⓒ「蹴る」製作委員会)

世界中で愛されているサッカー映画が持つ力

2011年から毎年2月に横浜市で開催され、サッカーファンの間では風物詩ともなっているヨコハマ・フットボール映画祭。福島氏はこの立ち上げに奔走し、現在まで実行委員長を務めている中で、映画の持つ力を強く感じているという。

「サッカー映画は世界中で愛されていて、実に毎年100本ぐらいの作品が制作されています。例えば『ペレ 伝説の誕生』や『マラドーナ』のようにスター選手の半生を描いた伝記のような映画もありますし、『TESE』では在日コリアン3世として生まれJリーグやドイツでプレーしながら自らのルーツである北朝鮮代表としても戦う鄭大世(チョンテセ)選手が胸のうちに抱えるさまざまな葛藤が描かれています。選手ではなくサポーター目線で描かれている映画もあって、『YOU'LL NEVER WALK ALONE 』は世界各地のスタジアムで歌われる応援歌のルーツを探っています。他にも、『ベイタル・エルサレムFCの排斥主義』という映画では、イスラエルで唯一アラブ人選手を受け入れてこなかったベイタルというクラブに、初めてイスラム教徒であるチェチェン人選手が加入することが決まったときの騒動が描かれていますし、『ネクスト・ゴール!』では、2001年当時、オーストラリアを相手に史上最多得点差の0対31で敗れるなど世界最弱といわれた米領サモア代表が初勝利を目指して戦う姿を描いた映画もあります。日本でも『クラシコ』という、当時地域リーグに所属していた松本山雅FC(現J1)とAC長野パルセイロ(現J3)の激闘の1年間を追ったドキュメンタリー映画があって、同じ県にもかかわらず激しいライバル意識を持つ長野市と松本市の関係が描かれています。実はその歴史は約150年前、廃藩置県にまでさかのぼることになるのですが、日本人であってもこういう各地域の文化や歴史について実はあまり知らなかったりしますよね。
今年のヨコハマ・フットボール映画祭で上映した『足球少年養成 -高校選手権チャイニーズレポート-』という映画は、中国人ジャーナリストが日本の高校サッカー選手権を取材し中国全土で放送された作品になります。日本人にとって冬の風物詩となっているこの大会も、海外の人が見れば驚きの連続です。まず、学校の部活動でスポーツに取り組むというのは海外ではあまりありませんし、その全国大会が開催されていて、しかもこれだけ盛り上がっているというのは日本特有の文化だといえるでしょう。部活特有の上下関係やOBという文化の在り方も、海外の方から見れば珍しいものとして映ります」

こうして見ていくと、一言でサッカー映画といってもさまざまな種類があることが分かる。選手やチーム、サポーターを深く描くことでサッカーの魅力により深く触れられるものもあれば、サッカーを通じて世界情勢や、世界各国の文化や歴史について知ることができるものもあるのだ。

「スポーツの素晴らしいところって、世界中からいろんな人が集まって競い合うことだと思うんですよね。身体も違えば、国も違うし、文化も違う。そういったさまざまなお互いの違いを認め合って、リスペクトし合うことができる。それは選手たちだけではなく、見ている人も同じだと思います。最近は雑誌のような紙媒体よりもインターネットで情報を得る機会が増えて、スポーツもどちらかというと速報のような記事が多くなっていますが、こうしたバックボーンをより深く知ることができれば、もっとスポーツが楽しくなるし、もっとお互いを理解し合えるようになる。映画というのは、そういう役割を果たせるのではないかなと思いますね」

『蹴る』という映画もまた、その一つだといえるだろう。車椅子サッカーという競技の魅力と、そこに命を懸ける人たちの日常。映画を見ることで、普段はあまり光を当てられることのない世界を知ることができる。知ることは、人の意識を変え、行動を変える。行動を起こす人たちが増えれば、世の中が変わる。映画には、そのきっかけをつくり出す力があるのかもしれない。

『蹴る』の配給を担当し、毎年2月に開催のヨコハマ・フットボール映画祭の実行委員長を務める福島成人氏(撮影:野口学)

(2019年4月 取材・文:野口学)


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