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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.05.13

アスリートが登場する「算数ドリル」作ったワケ 元フロンターレ・プロモーション部長が語る

公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、東京2020組織委員会)は、「東京2020算数ドリル 2019年度 A巻(オリンピック版)、B巻(パラリンピック版)」(以下、算数ドリル)を制作した。

(画像提供:Tokyo 2020)

2018年度には渋谷区内の全公立小学校18校をモデルエリアとして展開していたが、2019年度は対象エリアを東京都内の全公立小学校1273校に拡大し、約10万人の児童に配布する。さらにはオリンピアン・パラリンピアンを中心としたアスリートが実技を交えた"体育のような算数授業"を行う実践学習会を、都内公立小学校15~20校に展開していく予定だ。

なぜ東京2020組織委員会が、算数ドリルを作ったのか? 算数ドリルが子供に何をもたらすのか? そして、オリンピック・パラリンピック、スポーツの価値とは何なのか? 東京2020組織委員会イノベーション推進室エンゲージメント企画部長の天野春果氏に話を聞いた。

困難と誤算から始まった東京2020算数ドリル

"スポーツで算数ドリル"と聞いて、ピンとくるサッカーファンもいるだろう。Jリーグ・川崎フロンターレが2009年から毎年企画・制作しており、所属選手が写真で登場したり、シュートの速度やチケットの価格などサッカーに関連する問題が掲載されたりと非常にユニークな取り組みとして注目を集めてきた。この仕掛人が当時、フロンターレのプロモーション部長として辣腕を振るっていた、天野春果氏だ。

天野氏は2017年4月から東京2020組織委員会に参画し、イノベーション推進室へと配属された。

東京2020大会組織委員会、天野春果氏。「スポーツには人を幸せにする力がある」と信じ、算数ドリルをはじめ新しいことに取り組んでいる。(撮影:野口学)

「イノベーション推進室の役割について、僕なりに解釈しているのは、『ワクワクドキドキすることを生み出す』、『ありそうでなかったものをつくる』、『何かと何かを組み合わせてこれまでにない化学反応を起こす』、そういったことをオリンピック・パラリンピック開催に向かっていく中で実現するものだと考えています」

大会ビジョンに「史上最もイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会とする。」とあるように、"イノベーション"は東京2020大会の大きなテーマの一つだといえるだろう。イノベーションというと、狭義には最先端のテクノロジーと解釈される場合も多い。だが、必ずしもそうではないと天野氏は言う。

「僕に最先端テクノロジーの知識があるわけでも、ロボットを作り出す技術があるわけでもありませんし、そこを期待されているわけではないと思います。世の中の人が『あっ』と言うことが大事で、『これ面白いね』とか『今までになかったね』と言ってもらえることがイノベーションなんだと考えています。
 実際フロンターレで算数ドリルを制作した時はものすごく話題になって、いろんな人から『面白いね』と言っていただけましたし、地域密着・地域貢献の象徴のような存在になっていきました。日本では『スポーツ×教育』を形にしたものは少ないですし、オリンピック・パラリンピックでやることにも本当に大きな意味があると思います」

2018年4月に実施された実践学習会では、シドニーオリンピックで金メダルを取った高橋尚子さんや、北京オリンピックで陸上 4×100m リレー銅メダリストの髙平慎士さん、塚原直貴さんが実技を交えた授業を行った。(写真提供:Tokyo 2020 / Uta MUKUO)

フロンターレ時代の経験から、絶対にやる意義があると確信していた天野氏だが、思いがけない困難も待ち受けていた。その一つが、組織構造の違いだ。フロンターレの場合、ホームタウンである川崎市に根を下ろして永続的に活動を続けていく組織で、天野氏がやろうとしていることもずっと一緒にやってきた周りのスタッフが以心伝心で理解してくれる。算数ドリルの前から数多く地域密着・地域貢献の取り組みを行ってきた実績もあり、すでに付き合いの長い自治体やスポンサー企業も協力的に動いてくれる。それに対し東京2020組織委員会は東京2020大会が終了すれば解散してしまう時限的な組織であり、メンバーもさまざまな組織や団体から参画しているため、天野氏がやろうとしていることが当たり前のように理解してもらえるわけではなかった。

「賛同者がいるフロンターレの時とは違って、自分で賛同者を増やしていかなくてはいけませんでした。ドリル制作に協力してもらえる先生方、モデルエリアとして実施させてくれる渋谷区と巻き込んでいった感じですね。さらにJリーグの村井満チェアマンがわざわざ(東京2020)組織委員会まで来て上層部にドリル展開の意義をお話ししてくれたり、フロンターレの中心選手である中村憲剛は上層部が実践学習会をイメージしやすいようにオフの日を返上して実際にやってくれたり......。仲間にすごく恵まれていたおかげで、どうにか進めることができましたね」

2018年10月の実践学習会では、ボッチャの廣瀬隆喜選手(リオパラリンピック銀メダリスト)と蛯沢文子選手が、ボッチャのルールを生かした平均の求め方やコントロールの良さの割合を求める問題など、実技を交えた算数授業を行った。(写真提供:Tokyo 2020 / Uta MUKUO)

だが、天野氏の"誤算"は続いた。フロンターレの算数ドリルはサッカー1競技、登場する選手も全員フロンターレ所属だ。クラブハウスの中にセットを用意して、選手を全員集めれば、撮影は半日も掛からずに終わる。だが、東京2020算数ドリルの場合、オリンピック・パラリンピック合わせて55競技もあり、競技団体も異なる。選手がそれぞれ所属するチームや企業、事務所も違う。1選手ごとにステークホルダーが異なるため、1枚の写真を撮るためにも膨大な時間が掛かってしまい、それは同時にお金も莫大に掛かることを意味する。

「動き出せば誰かが見てくれていると思って、とにかく動いてしまおうと。するとキヤノンがスポンサーとして就いてくれて、カメラマンの派遣から撮影した写真の処理まで無償でやっていただけることになりましたし、アシックスもスポンサーになって衣装を提供していただけることになりましたね」

動き出さないと、何も進まない。まずは動いてしまうことで仲間を増やし、一つ一つ課題を乗り越えていく。天野氏がフロンターレ時代に培ったそのスタイルは、舞台を東京2020組織委員会に移しても変わることなく発揮されていた。

子供ファーストで"接点"をつくっていく

東京2020算数ドリルを制作するに当たって、天野氏には二つのこだわりがあったという。一つ目は"笑顔"だ。

「これはフロンターレの時にも感じたことなんですが、どれだけ身近に感じてもらえるかが大事です。そのための"笑顔"ですね。実はIOC(国際オリンピック委員会)から当初反対されていました。『アスリートが歯を見せて笑っている写真は使用してはいけない』と。でも、そうじゃない。これは子供が使うものだから、子供が楽しんで手に取って見てもらえる、関心を持ってもらえるものにしないといけない。どんなにいい問題を作っていたとしても、入り口のところで興味を持ってもらえなければ開くこともしてくれない。絶対に"子供ファースト"、使う子供たちの目線で考えるというのはこだわりましたね」

ドリル内の選手たちは皆、競技中には見せることのない笑顔や、面白おかしいポーズを取っており、子供たちが親近感を抱く上で大きな意味があるだろう。また写真だけではなく、問題にも趣向を凝らしている。例えば、答えが"20200724"とオリンピック開会式の日付になっていたりと、解いていくことで東京2020大会や各競技のルールや豆知識に触れることができるようになっているのだ。

手にした子供たちが楽しんで算数ドリルに取り組めるよう制作することにこだわった。(写真提供:Tokyo 2020 / Shugo TAKEMI)

二つ目のこだわりは"パラリンピック"だ。これは東京2020組織委員会の施策に限らず、多くのメディアでの報道においても同様だが、オリンピックとパラリンピックを比較すると、どうしてもオリンピックの方が多くを占めることになる。だが天野氏には、"パラリンピックを盛り上げたい"という気持ちが強くあった。算数ドリルなら上下巻に分かれるのが一般的なので、これならオリンピック・パラリンピックでそれぞれ上巻・下巻と制作することができると考えたという。

「何をきっかけに物事に興味を持つかというのは、人によって違いますよね。この算数ドリルも同じです、形にすれば絶対にゼロではないはず。いかに"接点"をつくっていくかが大事だと思うんですよね。算数ドリルをきっかけにオリンピック・パラリンピックに興味を持つようになって、実際に会場に見に行ってみる。行ってみたら『すごい!』と感動して、新しい何かにチャレンジするきっかけになるかもしれない。人間みんな、ちょっとした何かで人生が変わるじゃないですか。僕自身もそうでした」

天野氏は1996年のアトランタオリンピックでボランティアとして参加した経験を持つ。「どうせだからついでにやってみるかな」というぐらいの軽い気持ちで、パラリンピックのボランティアにも参加したことが、人生を大きく変えることになった。

「そこには自分が想像していたのとはまったく違う世界がありました。ものすごく迫力があるし、オリンピアンにはない研ぎ澄まされた能力がある。それに何よりも、パラリンピック柔道の藤本聰さんが金メダルを取る瞬間を見たことで、パラリンピックにもすごく興味を持つようになったんですよね。今僕がこうして(東京2020)組織委員会にいるのも、あの時のことがきっかけになっている。僕自身もちょっとしたことなんですよね、すべてが。だから僕らは、そのちょっとしたことをどれだけつくれるかが大事なのかなと思っています」

「ちょっとしたきっかけで人生は変わる」と考え、子供に少しでもオリンピック・パラリンピックに興味を持ってもらえる算数ドリル制作を心掛けているという。
(画像提供:Tokyo 2020)

「スポーツは日本最後のエル・ドラード(黄金郷)」

天野氏は、スポーツの価値を高めていくことが、日本という国を豊かにすると信じている。

「スポーツには人を幸せにする力がありますよね。スポーツをして体を動かせば健康になれるし、そういった環境があれば人が集まってくるので、人とのコミュニケーションも増える。スポーツを見るのも、今や核家族化して隣に住んでいる人の顔も知らないような時代において、同じものを見て、共通の会話ができることで、横のつながりだってできます。幼いころに父親に連れていかれたスタジアムで食べたチョコバナナがすごくおいしかったとか、そういう温かい思い出が残る。これらはスポーツがあるからこそ生まれるものだと思うんですよね」

スポーツには人を幸せにする力がある。だが日本のスポーツ界は、まだまだその力を引き出し切れていない発展途上にあるという。

「それは決して悪いことだとは思っていません。これから創っていけるものなので。ものすごく伸びしろがあるってことですよね。僕はスポーツを"日本最後のエル・ドラード(黄金郷)"と呼んでいます。日本には、芸術も、音楽も、食も、文化と呼ばれるものがたくさんありますよね。でもスポーツだけは、文化といえるものがそこまでないんですよね。世界中がスポーツでこれだけ豊かになっていく中、日本だけができないなんてありえない。だからこそ、スポーツの活用方法っていろいろあるんだということを示していきたいというのもここ(東京2020組織委員会)に来た理由の一つです。オリンピック・パラリンピックというのは本当に大きな打ち上げ花火ですから、ただバーンと打ち上げて終わるんじゃなくて、その後につながっていくものをしっかりと残していきたいですね」

天野氏は東京2020組織委員会の中でまず天野という人間が何を生み出せる男なのかを早い段階で示す意味もあって、フロンターレ時代に実績のあった算数ドリルの制作に力を注いだ。だが決して、算数ドリルだけをやるために、ここに来たわけではない。大会まであと1年半、今まで実例のない新しいことも仕込み中だという。天野氏の挑戦はまだ始まったばかりだ。

(2019年4月 取材・文:野口学)


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