ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.07.08

東京五輪は「文化の祭典」でもある ニッポン・クリエイティブが目指すもの

リオ五輪閉会式 フラッグハンドオーバーセレモニーより(写真:ロイター/アフロ)

五輪はスポーツの祭典であると同時に「文化の祭典」でもある。開会式・閉会式で繰り広げられる華やかなセレモニーでは開催都市や国の魅力を発信するPRの側面もある。いわば「TOKYO 2020」は、組織委員会が主催する参画プログラムや自治体、パートナー企業などの催しも含めて、日本を世界にアピールする巨大な"キャンペーン"なのだ。

キャンペーンを行う際に大切なのは、企画力はもちろん、デザイン、映像といったクリエイティブの力だ。この記事では、歴代五輪を彩ったセレモニーの演出や映像、デザイン・コンセプトなどを紹介しながら、「TOKYO 2020」に求められるクリエイティブを考えてみたい。スポーツの話題が出てこない、もうひとつの"オリムピック噺"である。

ベルリン、北京、そして東京。女性たちが記録、デザインする五輪

まずは戦前の話から始めたい。近代五輪とは国家のキャンペーンであり、それを効果的に行うには優れたクリエイティブが必要だ――このことを熟知し、史上最大レベルに活用したのがヒトラーであり、ナチス宣伝相のゲッベルスであることはよく知られている。

ナチスはベルリン大会(1936年)において、国威を発揚し、後世に向けてレガシー化するための様々な施策を行った。なかでも注目したいのは若手監督、レニ・リーフェンシュタールを起用して制作された記録映画「オリンピア」だ。

レニ・リーフェンシュタール監督「オリンピア」のワンシーン

映像制作の現場に女性が極めて少なかった時代、しかもナチスは当時、欧米圏で高まりつつあった女性解放運動に否定的な政党でもあった。巨額の制作費を要する映像プロジェクトを、当時30代前半のレニに託したのは大抜擢と言えそうだ。

レニは期待に応えた。それまでにない表現手法でアスリートの「身体美」を描いたこのドキュメンタリー映画は世界中で絶賛され、ベネチア映画祭でグランプリを受賞、戦前の観客動員の記録も樹立することとなる。「TOKYO 1964」の公式記録映画「東京オリンピック」の総監督を務めた市川崑も、この作品に大いに触発されたという。

市川による「東京オリンピック」も国際的に高く評価された作品だが、レニの映画と同様「この作品は記録か? 芸術か?」の論争を巻き起こした。オリンピックがらみの表現は、いつの時代もどこの国でも騒動に発展しやすい。それだけ世間の注目が多く集まるということかもしれない。

「TOKYO 2020」では、河瀬直美が公式映画監督に就任している(映画は2021年春完成予定)。カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した「殯(もがり)の森」など、世界的に評価されている河瀬監督が、どのように東京大会を"記録"してくれるのか楽しみである。

ちなみにレニは第二次大戦後、ナチスの協力者として逮捕され、釈放後も世間のバッシングを浴び続けることになった。そして1970年代、アフリカのヌバ族を10年がかりで取材した写真集で再び脚光を浴びる。この頃レニと親しく交流し、80年代には彼女の回顧展を東京で行うなど、日本での再評価のきっかけを作ったのがデザイナーの石岡瑛子だ。石岡が、2008年北京五輪開会式の衣装デザインを手がけることになったのは奇縁というものかもしれない。

北京五輪開会式より。石岡瑛子が衣装デザインを担当している

これらのエピソードからもわかるように、歴史をひもときながら「クリエイティブ」の視点で見ていくと、スポーツ目線とはまた違った五輪像が浮かび上がってくる。

前の東京五輪は「TOKYO DESIGN 1964」でもあった

亀倉雄策による「TOKYO 1964」シンボルマーク(エンブレム)

1964年の東京五輪は、デザインの五輪でもあった。

「TOKYO 1964」と言うと、亀倉雄策による日の丸を想起させるシンボルマーク(いまで言うエンブレム)がいまなお伝説のように語られるが、この五輪は亀倉のみならず、日本のグラフィックデザイン界がベテランから若手まで総力をあげて取り組んだ一大プロジェクトだった。田中一光や永井一正、勝井三雄、木村恒久、杉浦康平、横尾忠則、宇野亜喜良ら、当時の若手・中堅デザイナーたちがボランティアで協力している。

五輪というものは、膨大な量のデザインワークを生み出すイベントである。

競技場の設計やボランティアのユニフォームといった建築・服飾関連を除く「平面デザイン」だけに絞っても、エンブレムやポスターはもちろん、観客用のチケットにプログラム、競技シンボル・施設シンボル(ピクトグラム)、公式グッズなど、大会で使用されるあらゆるツールを作る必要がある。いまならそれらに加えてウェブサイトやアプリなど、デジタル周りのデザイン作業も発生するだろう。

「TOKYO 2020」関連で言うと、昨年にはマスコット(デザイン・谷口亮)が公募と市民投票によって決定となり、各競技を簡潔なマークで表示したスポーツピクトグラム(デザイン・廣村正彰)も今春発表されている。

廣村正彰ら開発チームによる「TOKYO 2020」スポーツピクトグラム

プロダクトでは、聖火リレーに使われるトーチがお披露目され、桜をモチーフにしたデザインが話題を呼んだ(デザイン・吉岡徳仁デザイン事務所)。現在も多くのデザイナー、クリエイターが、五輪ワークに取り組んでいる真っ最中と思われる。

「TOKYO 1964」の当時はPCはなく、多くのデザイン物は印刷する必要があった。

五輪に求められるあらゆる"デザイン・ニーズ"に対応するため、「TOKYO 1964」では本番の4年前(1960年)、美術評論家の勝見勝を座長とする「デザイン懇談会」というワーキンググループが設けられ、東京五輪のデザイン・ポリシーを議論している。これは画期的なことであった。

様々な用途で用いられる成果物に、ブランドとしての統一感を持たせるためには、大本となるコンセプトやポリシーが重要だ。その上でデザインしていかないと、一つひとつの完成度が高くても全体としてチグハグな印象を与えかねない。情報伝達の観点で言うなら、それは多大なロスである。

東京国立近代美術館が発行した図録『東京オリンピック1964デザインプロジェクト』によると、デザイン懇談会で決まったデザイン・ポリシーとは、「東京大会のデザインはすべて日本的なものを加味した国際性のあるものとし、余計な装飾を排除して必要にして十分なデザインをするという原則」であった。

その上で、ほぼすべてのデザイン物に「シンボルマークを一貫して用いる」といったルールが決められ、プロジェクトに参加したデザイナーらに共有するマニュアル『デザイン・ガイド・シート』も作成された。スポーツと同じくデザインも、ポリシーやルールがなければ"プレイヤー"は力を発揮することができない。

エンブレムは太陽であり日の丸。"翻訳可能"なビジュアルとは?

気になるのは、先にふれたデザイン・ポリシーに含まれる「日本的なものを加味した国際性のあるもの」との文言だ。筆者は「TOKYO 2020」も、それの有る無しで成否は分かれると考えている。だが、「日本的なものを加味した国際性のある」クリエイティブとは一体何を指すのだろう?

デザイン・ポリシーの内容をうかがい知れる興味深い資料がある。東京五輪を1年後に控えた1963年10月、「東京オリンピックをどう演出するか?―総合的なデザイン計画の確立を」と題された座談会が、週刊「朝日ジャーナル」に掲載された。

出席者は、亀倉雄策とデザイン懇談会座長の勝見勝、JOC委員長(当時)の竹田恒徳、そして建築家で国立代々木競技場の設計も手がけた丹下健三である。亀倉はこの座談会の中で、「日本的と国際性」について幾分つっこんだ話をしている。亀倉の発言からポイントを引用してみよう。

「日本調というのはカン違いすると、ひどいものができてしまう。行過ぎてはいけません。とにかく水準の高いものでないといけないと思います。(中略)

日本的といっても、ぼくは外国人にこびた日本的ということはしたくない。やっぱり、同じ国際水準の文化の高さでたたかって、その中からにじみでてくるものが日本人のものだ、という日本的でないといけない。」

亀倉のこの思想は、エンブレムにも反映されている。実はあのエンブレムがモチーフにしているのは日の丸ではない。亀倉本人の言葉を借りて言うなら、「これは日の丸と考えてもいいが、本当は太陽という意味が強い」デザインである。

つまり、日本人から見れば「日の丸」だが、日本のことをあまり知らない海外の人たちからすると、このマークを見たときまず連想するのは「太陽」なのだ。私たちがごく一部の超大国を除いて他国の国旗をすぐには思い出せないように、諸外国の人々は日本の国旗に馴染んでいるわけではない。

太陽でありながら日の丸でもある。「TOKYO 1964」のエンブレムは"ダブルミーニング"を宿している。ある意味では、ビジュアル言語を用いた"翻訳"にもなっており、「太陽=日の丸」のアイデアを究極にシンプルで大胆なデザインに落とし込んだからこそ、このエンブレムは歴史に残るものになった。

美は世界を救えるか? リオ五輪の開会式に秘められたメッセージ

「TOKYO 1964」のデザイン・ポリシーにある「日本的なものを加味した国際性」とは、"ユニバーサルな精神に育まれた地域性"のことであり、日本的と国際性を両立することでもある。つまり、普遍的ヒューマニティに触れるものが伝わる。
「五輪は人類的普遍を追求するもの」という原則は、当然のことながら現代においても同じだ。

海外の国際クリエイティブ祭を取材していると、そのことをいつも痛感する。「アイドル」や「アニメ」が海外で人気と言っても、実際それらを愛好している人の比率は、日本人が想像するほど高いわけではない。

取材の場では海外のプレスから「日本からの出品作には、やたら『OTAKU』という言葉が出てくるが、あれは一体何なんだ?」と不審げに聞かれたこともある。そういった場合作り手は、「OTAKUは"クール・ジャパン"だから世界に届く」などと勘違いしているのである。

広告業界のあるキーパーソンから「日本のクリエイティブは繊細でとてつもなくビューティフルだが、意味がイマイチわからない」と言われたこともある。「日本的」を一方的に発信すると、そういったディスコミュニケーションが生じやすい。世界200か国以上が参加する五輪において"内輪ネタ"はタブーだ。

前回のリオデジャネイロ五輪も、その意味での成功例だと思う。「イパネマの娘」など世界的に知られるラテンの名曲と華やかなパフォーマンスでブラジルの歴史を紹介しながら、世界平和と地球環境の保全を謳ったリオ五輪の開会式は感動的だった。

リオ五輪開会式より。グラウンドから"都市"が現れステージになった

一見すると、リオ五輪の開会式における一連のパフォーマンスは、「ブラジル的」そのものだと思われることだろう。だが、制作サイドの意図は、それだけにあるのではない。

リオ五輪の翌年、筆者は同開会式の総合演出を手がけた3人のクリエイティブ・ディレクターの1人、ダニエラ・トーマス氏(脚本家・映画監督)のセミナーに参加する機会に恵まれた。その際に彼女が語った次の言葉が印象的だった。

「あのセレモニーには、ブラジルの文化や私たちが『ガンビアーハ』と呼ぶ国民性(※あり合わせのものでその場をしのぐ楽天的気質)、つまりブラジルの魂が盛りこまれています。しかしその根底にあるのは、『美は世界を救えるか?』というドストエフスキーの言葉でした。私たちはその問いから出発し、試行錯誤を続けたのです」

イノベーティブな時代だからこそ原点を

「ユニバーサルな精神に育まれた地域性」と同時に重視されるのは「同時代性」である。ICTに代表される先端テクノロジーの進化がめざましい現代において、今度の東京五輪で「どんな最新技術が用いられるか?」は注目されるところだ。

「TOKYO 2020」の大会ビジョンでも、「史上もっともイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会とする」旨が謳われている。「VR・5G・AI」といった技術の活用が報道されていたりもするが、さて、どうなることだろう?

ひとつ言えるのは、ポスターなど紙媒体による"ゆったり"したコミュニケーションが効果的だった1960年代と比較すると、いまは技術の進歩や情報の消費のスピードが、当時とは比較にならないほど高速化していること。技術のトレンドがどんどん変わる。

ここ最近の開会セレモニーに限って見ても、3年前のリオ大会では、プロジェクション・マッピングが大々的に用いられていたが、昨冬の平昌大会では1200機を超えるドローンが光のショーを繰り広げ、最後に五輪マークを作る演出が話題となった。ショーのハイライト部分でその時々の"とんがった技術"を採用しているケースが目立つ。

平昌冬季五輪開会式キット。こういったツールからも開催地の文化力が見える

五輪に時代の変化が反映されるのはテクノロジーの領域だけではない。大会そのもののコンセプトや時代背景も、1964年と2020年ではかなり異なる。

評論家の大宅壮一が三島由紀夫、司馬遼太郎との鼎談で、前回の東京大会を「敗者復活戦」と振り返ったように(毎日新聞/1966年)、「TOKYO 1964」には戦後復興という明確かつ多くの国民が共有できる暗黙のテーゼが存在した。だからこそデザイナーたちも力を発揮できたのだと思う。

「TOKYO 2020」でも震災復興が重要なテーマとされているが、開会式等のセレモニーで、そのメッセージをどう伝えるか? はひとつの見どころだろう。スポーツの祭典である以上、ひとたび選手団が入場すれば大会自体は盛り上がると思うが、筆者としては文化の祭典としての行方に注目している。オリンピックもそうだが、パラリンピックのセレモニーにも期待したい。作り手の"本気""はむしろ後者に現れるかもしれない。

個人的にはエンブレム騒動のつまづきを払拭できるような胸のすくパフォーマンスを見てみたい。私が気になっているのは、ニッポン・クリエイティブの復興だ。復興は原点を見つめることから始まる。

(文・河尻亨一)


Yahoo! JAPAN
みんなの2020

スポーツや文化・芸術、社会貢献など、2020に関する「挑戦」をテーマに伝えるヤフーオリジナルコンテンツ。ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。