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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.08.20

東京2020大会まであと1年、何も変わらない東京の鉄道はすでに驚異の能力を備えていた

写真:アフロ

 東京2020オリンピック・パラリンピック(以下東京2020大会)では大勢の観客が東京23区内を中心に移動すると見られる。主催者の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下組織委員会)によると、移動する人々の数は競技が19日間開催される東京2020オリンピック競技大会(以下オリンピック)で延べ約780万人、同じく13日間開催される東京2020パラリンピック競技大会(以下パラリンピック)で延べ約230万人だという。大まかに言って1日平均の観客数はオリンピックでは約41万人、パラリンピックでは約18万人である。これだけの人々が利用する鉄道について、輸送力やセキュリティー、サービス面に不安はないのであろうか。早速検証してみたい。

来る東京2020大会に向け
東京23区内で新たに開業する鉄道は......

 まずは簡単なクイズから始めよう。「はい」か「いいえ」で答えていただきたい。
「東京2020大会に向けて東京23区内で新たに開業する鉄道はおよそ70kmである。」
 日本国内在住の方々、特に首都圏在住の方々にとってやさしい問いであろう。答えは「いいえ」で、70kmもの鉄道が新規に開業することはない。でも、東京2020大会の開催に伴って開業する新しい鉄道は全くないと言われれば驚く人は多いであろう。
 実を言うと、東京23区内では東京2020大会向けどころか、この10年間を振り返っても新たな鉄道は誕生していないし、すでに存在する鉄道が延長されたケースすらない。JR東日本の上野東京ラインは新線のように見えるが、元からあった東北線の線路を整備したもので、純粋な意味での最新の鉄道は2008年6月に開業した東京メトロの副都心線である。池袋駅から新宿三丁目駅を経て渋谷駅へと至る地下鉄で、もちろん観客の移動にも便利だが、東京2020大会のために建設されたのではない。
 東京2020大会に向けて「新」と付く東京23区内の鉄道の整備は実質的に一つだけである。それは、東京メトロ日比谷線の霞ケ関駅と神谷町駅との間に開設されることとなった新駅の虎ノ門ヒルズ駅だ。この駅に隣接する超高層ビルの虎ノ門ヒルズ森タワーには、東京2020大会の競技場や選手村が設けられる臨海副都心方面へのBRT(Bus Rapid Transit。バス高速輸送システム)のバスターミナルが設けられるという。
 もう一つ、東京23区内には東京2020大会の開催までに新たな駅が開業する。JR東日本の山手線、京浜東北線の田町駅と品川駅との間の高輪ゲートウェイ駅だ。駅名の是非が大きく取り上げられたこの駅は、東京2020大会向けではなく、駅の周囲に誕生する新都心の玄関口としての役割を担う。この新都心には東京2020大会に関する施設は建設されない。

都心方向だけで1日1470万人
東京の鉄道のもつ桁外れの輸送力

 東京2020大会の開催まであと1年を切ったというのに、こののんびりとした対応には日々、東京23区内の鉄道を利用している人たちでも心配になる。何しろ、どの路線も朝のラッシュ時には押すな押すなの状況となるし、特に都心部ではいつ乗っても混んでいるからだ。
 ところが、東京23区内の鉄道のもつ能力を測ると意外な事実が判明する。ここからしばらくは数字ばかりとなって恐縮だが、東京23区内の鉄道の知られざる能力を紹介したい。
 東京都心に乗り入れる延べ51種類の通勤電車が備えている平日1日当たりの輸送力、要するに列車の本数に1列車当たりの定員を乗じた数値は都心方面への片側だけで1470万人分にも上る(2013年度)。いっぽうで、鉄道を利用した人の数は1日平均916万人であったから、まだ554万人分の余力がある。先に取り上げたように、オリンピックでは1日平均約41万人の観客が移動すると予想されるなか、朝のラッシュ時に一斉に乗車するというのでもない限り、東京23区内の鉄道が備える輸送力であれば問題はない。何ならその2倍の約82万人程度の人たちが電車に乗ったとしても大丈夫だ。
 冒頭のクイズで挙げた「約70kmの新しい鉄道」とは、1964年の東京オリンピックに向けて開業したものだ。この後も東京23区内の鉄道の整備は続き、鉄道の距離は1964年度の629.7kmから2013年度には681.3kmへと50kmあまり増加した。大して増えていないように見えるかもしれないが、このなかには東京都交通局の都電、それに東急電鉄の玉電と呼ばれる路面電車が252.6km分減った数値も含まれており、新たにつくられた鉄道の距離は304.2kmとなる。しかも、1964年の東京オリンピック前から営業していた鉄道でも、線路2本の複線にさらに複線を増やした複々線となった区間は多いから、東京23区内の鉄道のもつ能力はこの60年ほどで驚異的なまでに向上している。東京2020大会の開催が決まった理由はさまざまではあるものの、東京23区内の鉄道を中心とした交通網の整備状況も大きな評価ポイントとなったことは間違いない。

朝のラッシュ時で鍛えられており
観客が1カ所の競技場に集中しても大丈夫

 とはいえ、観客は東京23区内の鉄道をまんべんなく利用するのではなく、競技場への最寄り駅に集中する。一例として、新国立競技場にアクセスする鉄道の状況を見てみたい。
 組織委員会は、オリンピックスタジアム(新国立競技場)やその隣にある東京体育館に向かう観客は、JR東日本中央線(各駅停車。以下中央各停)の信濃町駅、千駄ケ谷駅、東京メトロ銀座線の青山一丁目駅、外苑前駅、同じく副都心線の北参道駅、都営地下鉄大江戸線の国立競技場駅を利用すると予想している。いま挙げた6駅のうち、収容人数が約6万人の新国立競技場に最も近い駅は中央各停の信濃町、千駄ケ谷の両駅、大江戸線の国立競技場駅の3駅だ。約6万人の観客は行きと帰りとにこれらの路線を利用するのであるから、延べ利用者数は12万人である。これらのうち、8割の9万6000人が中央各停と大江戸線とを利用すると仮定し、両路線を利用する観客の比率を仮に中央各停を6割の5万7600人、大江戸線を4割の3万8400人として両路線の輸送状況を計算した。
 結論から言うと、中央各停、大江戸線とも輸送力不足に陥る懸念はない。両路線とも巨大な輸送力を備えているからだ。
 都心方面への平日1日当たりの輸送力は中央各停が36万1120人分、大江戸線が15万6000人分であった(2013年度)。これに対して最も混み合う区間での利用者数は、代々木駅から千駄ケ谷駅までの中央各停が16万7380人、中井駅から東中野駅までの大江戸線が8万5159人であったから、中央各停は19万3740人分、大江戸線は7万0841人分の余力を残している。前者で5万7600人、後者で3万8400人とそれぞれ仮定した観客を乗せてもまだ中央各停で13万6140人分、大江戸線で3万2441人分の輸送力があり、問題はない。
 観客は1日を費やしてオリンピックスタジアムにアクセスするのではなく、短い時間に集中する。だが、こちらも毎朝のラッシュでの輸送で鍛えられているだけに輸送力は心強い。
 ピーク時1時間に中央各停は3万4040人、大江戸線は1万5600人と計4万9640人の輸送力を備えており、先に挙げた最も混雑する区間では朝のラッシュ時の利用者数は前者が3万1130人、後者が2万3045人だ。これらの利用者に加えて観客が乗車すると仮定しよう。すると、中央各停には5万7600人の半分の2万8800人、大江戸線には3万8400人の半分の1万9200人の観客が追加となり、利用者数は合わせて前者は5万9930人、後者は4万2245人だ。この数値を輸送力で割った数値が混雑率で、中央各停は176パーセント、大江戸線は271パーセントとなる。
 大江戸線の混雑にはとても耐えられないが、中央各停の混雑率は、全国で最も混雑の激しい総武線(各駅停車)の錦糸町駅から両国駅までの199パーセントよりも低い。現実にはオリンピックの競技が朝のラッシュ時間帯に開催されることはまずないであろうし、また大会期間中は混乱を避ける目的で多くの企業、学校が休業となるから、いま挙げた混雑率を記録する可能性はほぼないと考えられる。
 輸送力はよいとして、駅やホームが狭いと困ってしまう。新国立競技場に関して言うと、JR東日本はただいま千駄ケ谷駅にホームを増設する工事を行っていて、東京2020大会までには完成の予定だ。ホームが新たに増えるとはいうものの、元は1964年の東京オリンピックのときに用いられていた臨時ホームであるから、増設というよりも再活用、お化粧直しと言うべきかもしれない。なお、国立競技場駅は駅周辺でのイベントの開催に備えて2000年4月の開業時から駅のコンコースなどが広めにつくられており、あとは東京2020大会の開催を待つばかりとなっている。

東京2020大会に向け
東京23区内の鉄道に課題はないのか

 東京2020大会では、鉄道のもつ輸送力というハード面では課題はほぼない。しかし、セキュリティー面やサービス面では不安が残る。
 セキュリティー面で課題となっているのは旅客の手荷物検査だ。2018年6月9日に東海道新幹線の車内で刃物を用いた殺傷事件が発生し、以降ははさみやカッターナイフに至るまでこん包しなければ車内に持ち込めなくなった。しかし、その後も駅の改札口で手荷物検査は行われていないので、テロの標的となり得る脆弱性は依然として残されている。
 そのようななか、危険物を身に付けた旅客が改札口を通過するのを阻止すべく、国土交通省は2019年3月4日から7日にかけ、東京メトロの霞ケ関駅で実証実験を行った。ここではテラヘルツ波パッシブ型ボディスキャナと呼ばれる探査装置が使用され、旅客の動きを止めずに検査したという。ただし、実証実験の結果は2019年8月上旬の時点でも明らかにされておらず、東京2020大会までに普及するかどうかはわからない。
 いっぽうで犯罪の抑止効果が期待される防犯カメラの導入は鉄道会社各社で進んでいる。東京23区内の鉄道の距離が最も長いJR東日本によると、新幹線、在来線合わせて同社が保有する約8500両すべての車両の車内に防犯カメラを設置していくとのことだ。大手私鉄や地下鉄も急ピッチで設置するというから、東京23区内の鉄道に関しては東京2020大会までには大多数の車両が防犯カメラ付きとなるであろう。
 さて、サービス面での課題の一つは、観客が深夜や早朝に移動するとなったときにどうするかというものだ。オリンピックやパラリンピックの式典や競技が深夜まで長引き、終電を過ぎてしまったら、いくら東京23区内の鉄道に輸送力があっても何にもならない。
 組織委員会そして東京都は、東京都内の鉄道会社各社に対して終電の延長を求めて協議を重ね、先ごろ合意に達した。オリンピック期間中は多くの鉄道会社がおおむね30分から90分にわたって終電を繰り下げて運転するという。
 オリンピックスタジアムや東京体育館からのアクセスで説明すると、中央各停は60分程度、銀座線、副都心線、大江戸線はそれぞれ90分程度終電が延長され、しかも大会期間中は毎日実施されるという。競技場に直接アクセスする路線だけではなく、首都圏に延びるJR東日本や大手私鉄のほぼ全線で終電が繰り下げられる。
 サービス面での課題をもう一つ挙げると、駅や車内の案内表示の仕方が鉄道会社によってまちまちで統一されていないという点だ。残念ながら、東京2020大会までに解決の見通しは立っていない。それでも車内の案内表示は改善されたほうだ。バリアフリーの観点から国土交通省は通勤電車の車内にモニター装置を取り付けて多くの言語で案内するように指導したからである。
 問題は駅で、東京2020大会を機に来日、上京した人たちへの利便性どころか、東京23区の鉄道を長年利用している人々でさえ頭を抱えるケースは依然として多い。ともあれ、鉄道を利用していて迷っても東京の人はおおむね親切に教えてくれるし、そのすきに金品を持ち去ろうなどと考える人がまずいないのは幸いだ。殊によるとこの点こそが世界に誇ることのできる東京の鉄道の美点かもしれない。

(文・梅原淳)


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