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2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.08.27

「東京で金メダル」急成長の日本卓球と、"五輪のルールを変える"難敵・中国

リオ五輪で男子団体銀メダルに輝いた日本チーム(写真:長田洋平/アフロスポーツ写真:長田洋平/アフロスポーツ)左から水谷隼、丹羽孝希、吉村真晴

リオ五輪での活躍、若手の台頭、そして日本初のプロリーグ「Tリーグ」の成功と明るい材料が目白押しのため、東京五輪への期待がかつてないほど高まっている卓球。

その選手選考における卓球ならではの複雑な戦略と、そこから見えてくるベストメンバーとは。そして、五輪のルールを変えてしまうほど強すぎる中国を日本が越える日は来るのか。

リオ五輪後に覚醒した若手、プロリーグの開幕...金メダルが期待される卓球界

東京五輪の日本の卓球へ期待がかつてないほど高まっている。メダル獲得だけではなく、金メダルという声も聞かれる。

4年前のリオ五輪で日本の卓球は、男子団体で銀、女子団体と男子シングルスで銅(水谷隼)という過去最高の成績を収めた。五輪の個人種目のメダル獲得は日本卓球史上初で、男子についてはメダル獲得自体が初だったため、スケールの大きい男子の卓球が初めてテレビに大々的に取り上げられ、日本中に卓球フィーバーといってよい現象を生み出した。

その後も、男子では怪物・張本智和の登場、水谷隼の前人未到の全日本選手権V10、女子ではリオ五輪で補欠だった平野美宇のアジア選手権優勝、リオ五輪で活躍した伊藤美誠のジャパンオープン優勝、スウェーデンオープン優勝。そして昨年の日本初のプロリーグ「Tリーグ」開幕と、明るい材料が目白押しの日本の卓球である。

選手選考を左右する、ダブルスのペアリング

東京五輪の卓球は、男子団体、女子団体、男子シングルス、女子シングルス、そして新種目の混合ダブルスの5種目で競われる。日本選手の選考基準は明快で、男女とも2020年1月に発表される世界ランキングの上位2名がシングルスに出場し、その2名に日本卓球協会が決める1名を加えた3名が団体戦(4シングルス1ダブルス制)に出場する。そして団体戦に出る男女各3名の中から、混合ダブルスに出る1ペアを日本卓球協会が決めることになっている。

選手選考におけるひとつの注目点は、ダブルスのペアリングだ。ほとんどの攻撃選手は利き手の反対側で打つ「バックハンド」よりも、利き手側で打つ「フォアハンド」の方が威力も安定性もあるため、できるだけ多くのボールをフォアハンドで打つべくバック側に位置取る。そのため、同じ利き手どうしのペアは、位置取る領域が重なってしまい、互いによけながらプレーをしなくてはならない。これに対して右利きと左利きのペアなら、位置取る領域が重ならないので比較的楽にプレーができる。野球の右バッターと左バッターが左右のバッターボックスに入って交代で打つイメージだ。だからダブルスは右利きと左利きのペアが圧倒的に有利であり、その点を考慮して団体戦の3人目の選手を決める必要がある。

さらに、卓球独特の「カットマン」の存在も考慮しなければいけない。カットマンとは、卓球台から離れた場所に位置取って相手に先に攻撃させ、相手のボールの勢いが落ちたところでボールに「カット」と呼ばれる後退回転をかけて安全に返しつつ、相手の疲れや判断ミスによる得点を狙う守備型の選手だ。

カットマンは通常はカットマンどうしでダブルスを組む。カットマンが攻撃選手とダブルスを組むと大変なことになるからだ。

カットマンが放つボールは、相手に攻撃されることを前提にしている。卓球のダブルスは必ず交互に打たなくてはならないので、カットマンと組んだ攻撃選手は常に相手の先制攻撃を至近距離で受け止めることを強いられる。テニスのダブルスで前衛と後衛が必ず交互に打てと言われているようなもので、あまりに無謀なペアリングと言える。もちろん選手個々の実力が高ければ勝つこともあるし、奇策としての効果もあるがそれ以上のものではない。そのため、カットマンと攻撃選手のダブルスは極めて希だ。

2019年世界卓球 女子ダブルス準決勝(写真:田村翔/アフロスポーツ)左から攻撃選手ペアの早田ひな・伊藤美誠、カットマンペアの橋本帆乃香・佐藤瞳

日本卓球協会が、団体戦に出場する3人目と混合ダブルスのペアを世界ランキングによる自動決定にしていないのは、このような事情による。

世界ランキングで争う、熾烈な代表レースの行方

こういった観点を合わせて今年8月発表の世界ランキングを見てみよう。
男子:張本智和(右5位)、丹羽孝希(左10位)、水谷隼(左14位)、吉村和弘(右43位)、吉村真晴(右48位)、大島祐哉(右49位)、上田仁(右50位)

女子:石川佳純(左6位)、伊藤美誠(右8位)、平野美宇(右10位)、佐藤瞳(右カット17位)、芝田沙季(右20位)、加藤美優(右26位)、橋本帆乃香(右カット32位)、早田ひな(左34位)、長﨑美柚(左44位)

男女ともに上位3人が接近しているので、シングルスに出る2人が誰になるかはまったく予断を許さないが、4位以降の選手とは開きがあるので、この中からになる可能性が高い。また、うまい具合に上位3人に右利きと左利きが混在しているので、3人目の選手もこの中から選ばれる可能性が高い。

2017年ジャパンオープン荻村杯記者会見(写真:つのだよしお/アフロ)8月のブルガリア・オープンでは混合ダブルスを組んだ日本選手最高位の張本智和と石川佳純 ※2019年8月時点の世界ランキング

ただし女子は、伊藤がシングルスに確定した場合、3人目として伊藤とのダブルスで際立った実績のある早田ひなという選択肢も出てくる。また、シングルスに出る2人が右利きと左利きになった場合には、その二人でダブルスを組めるので、3人目として先日のジャパンオープンでリオ五輪金メダリストの丁寧を破ったカットマンの佐藤という選択もないではない。その場合、オーダーが限定されて読まれやすくなるデメリットを承知の上での選択となる。

いずれにしても、選手たちは来年の1月まで世界ランキングを上げるべく、気力と体力が許す限り大会に参加し(勝てばポイントが上がるが負けても下がらないので、参加した方が得であるため)、胸が締め付けられるような数ヶ月を過ごすことになる。

五輪のルールさえ変える中国の圧倒的な強さ

五輪の成績の注目点は、メダルを獲れるかどうか、獲るとすれば何色のメダルなのかというのが一般的だが、卓球に精通した人なら少し異なる視点を持っているはずだ。

それは、中国に勝つかどうかだ。卓球界では、長年にわたる中国の強さがあまりにも強大であるため、中国に勝つことは特別な価値を持つのだ。

中国が強い理由は、大雑把に言ってしまえば、13億人を擁する世界最大の国が、卓球を国技と定めて総力を挙げて強化しているからだ。そして、極めて複雑多様な卓球は、試行錯誤による新しい技術の開発や仮想敵選手の育成といった、一定数の選手の犠牲をともなう点において、総力戦がもっとも効果を発揮するスポーツなのだ。

中国の強さは、五輪のルールさえ変えている。卓球が初めて五輪に採用された1988年ソウル大会では、その種目は男子シングルス、男子ダブルス、女子シングルス、女子ダブルスの4つだったが、中国のメダル独占が大会への興味を失わせるという理由から、2008年北京五輪からダブルスに変わって団体戦が採用された。団体戦なら中国が獲るメダルは多くても1つで済むからだ。さらに2012年ロンドン大会からは、シングルスへの出場枠を各国3名から2名に減らし、少なくとも1つのメダルが中国以外の国に行くようにした。東京五輪から採用される混合ダブルスは各国1ペアだ。理由は言うまでもない。

実際、北京五輪ではシングルスの金銀銅を男女とも中国が独占したし、シングルスに各国4人まで出られる世界選手権においては、過去7大会で中国以外の選手でベスト4に入ったのは男子は5人、女子は2017年デュッセルドルフ大会の平野美宇ただひとり(日本女子として48年ぶり)である。その他のすべてのベスト4が中国の赤い国旗で塗りつぶされているのだ。

2017年世界卓球女子シングルス表彰式(写真:なかしまだいすけ/アフロ)日本女子として48年ぶりにシングルスのメダルを獲った平野美宇

"中国への挑戦権"を手にした日本。勝利の美酒を味わえるか

こうした中国の圧倒的な強さの中で、日本は中国に挑戦する前の段階で敗れる状態が長く続いたが、ついにここ数年、中国への挑戦権を手にするところまで来たというのが現状なのである。

リオ五輪で水谷が男子シングルスでサムソノフ(ベラルーシ)に勝って銅メダルを獲ったのと同じかそれ以上に、団体決勝の中国戦で許昕に勝ったことに卓球人が落涙したのは、こうした背景があるためだ。五輪または世界選手権の団体戦で、日本男子が中国から勝ち点を挙げたのは、1993年世界選手権エーテボリ大会で渋谷浩が王涛に勝って以来のことなのだ。
2018年世界選手権ハルムスタッド大会の女子団体決勝で、伊藤美誠が劉詩雯に勝ったが、女子でのそれは2004年世界選手権ドーハ大会で藤沼亜衣と梅村礼がそれぞれ李菊と張怡寧に勝って以来のことだった。

2016年 リオ五輪卓球 男子 団体 決勝(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)中国から23年ぶりに勝ち点を挙げた水谷隼

世界選手権で団体戦として日本が中国に勝った試合となると、男子は実に1957年ストックホルム大会、女子は1971年名古屋大会まで遡らなくてはならない。今の主力選手たちの親たちですら知らない時代である。

これほどまでに中国の壁は高くて厚い。五輪や世界選手権で好成績を収めた日本選手がインタビューで「まだ中国選手に勝ったわけではありませんので」と自戒するのは、常にこの思いがあるからだ。

金メダルよりも重い中国への勝利。その本当の困難さは選手たちしか知らない。我々にできるのは、願わくば勝利の美酒に便乗させてもらうべく祈ることだけである。

(文・伊藤条太)


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