ひとりひとりの2020に出会う。

2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
スポーツを通じた絆を、
競技を支える人たちのドラマを、
世界に誇る日本の文化や芸術を、
誰もが参加できる社会貢献のあり方を、
さまざまな視点で切り取り、伝えていく。
ここでの出会いと発見を、
ひとりひとりが日本の未来を考えるきっかけに。
それが、“みんなの2020”です。

東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.08.30

ナイトタイムエコノミーの「試金石」となる2020東京大会 。なぜ今「夜の街」振興が鍵になるのか

(写真:アフロ)

東京オリンピックを目指して日本を訪れる多くの 訪日外国人客の皆さんには、昼の時間帯に大いにスポーツ観戦を楽しんだ後、日本の「夜の街」に繰り出して頂き、旺盛に消費をして頂きたい。東京オリンピックの開催を目前に控えた我が国の国際観光産業は、まさに未来の「観光立国」の形成に向けた曲がり角に差し掛かっていると言えます。

大規模国際イベントの開催と「夜の街」の浄化

東京オリンピックの開幕まで1年を切りました。現在、日本国政府は「2020年の訪日外国人客数4000万人」を目標として、オリンピック開催期間中の訪日外国人客の受け入れ態勢を急ピッチで進めているところです。東京都内では、渋谷や新宿などのターミナル駅、東京オリンピックのメインスタジアムである国立競技場 の玄関口である外苑前 などの改修工事が未だ続けられています。これらは当然ながら沢山のお客様をお迎えするオリンピックの開幕までには完了する予定です。

このよう にオリンピック開幕に向けて都内全域で進む様々な整備ですが、もう一つ気になるのが東京の「夜の街」の清浄化です。今回の東京オリンピック以前に、我が国で行われた大規模国際スポーツイベントとしては2002年の日韓サッカーW杯が記憶に新しいですが、このイベントの開催にあたって、当時、東京都知事を務めていた石原慎太郎氏は東京の「夜の街」の粛清を宣言 しました。

この石原都政下の「夜の街」の粛清は、当時「都市浄化作戦」などと呼称され、東京都内の代表的な繁華街であった歌舞伎町、六本木、池袋、渋谷の4大都市を対象として実施されたものです。排除の対象となったのは主に雑居ビルに入居する風俗店の数々で、風営法違反やそこで働く外国人就労者に対する入国管理法違反での摘発は元より、消防法違反までをも 持ち出し風俗営業者の排除を徹底的に行いました。

中でも、特に厳しい粛清を受けたのが歌舞伎町です。その頃の歌舞伎町は「東洋一の繁華街」とも呼ばれ、国内のみならず海外からの観光客も多数訪れる日本を代表する「夜の街」でした。一方で当時の歌舞伎町は不良外国人が溢れ、暴行事件や詐欺事件などが後を絶たなかったのも 事実。石原都政はこのような歌舞伎町を徹底的に締めあげました。

その結果、歌舞伎町の浄化は一定の成果を収め 、街の平安が(少なくとも表面上は)保たれるようになったのは事実であります。一方で、その後10年以上に亘って 歌舞伎町への客足がパッタリと止まってしまい、かつては「東洋一」と言われた日本を代表する繁華街が見る影もなくなる時代が長らく続いたのは有名な話。石原都政下の都市浄化作戦は、街の治安向上には貢献したものの、一方で浄化の対象となった夜の街の活力そのものも奪ってしまった施策として、未だ批判も大きい賛否両論の施策であったのが実態です。

我が国のナイトタイムエコノミー振興

一方、今回の東京オリンピック開催にあたっての「夜の街」に対する施策は、石原都政下で行われた施策とは少し様相が違いそうです。現在、安倍政権は経済振興および観光振興施策の一環として、夕刻以降から翌朝までの間に行われる様々な経済活動「ナイトタイムエコノミー」の振興を推進しています。安倍政権は、その振興を目的として2015年に夜のエンターテインメント業種の営業を規制する風営法を改正、それまで深夜営業が禁じられていたダンスクラブなどの業態において深夜0時以降の営業を可能としました。また2018年には同様に風営法の解釈運用基準を改定。それまで法律上厳しい規制がかけられており、運用の難しかったデジタルダーツやシミュレーションゴルフなどへの規制を緩和しました。これらはすべて「ナイトタイムエコノミー振興」という安倍政権の推し進める一連の政策に基づくものです。

同様に、実は東京オリンピックの主催都市である東京都もナイトタイムエコノミーの振興を始めています。東京都は、来年に迫った東京オリンピックに向けた観光産業振興プランの中で「ナイトライフの充実」を重点項目として掲げています。また今年6月からは、東京都とその外郭団体にあたる東京観光財団が「ナイトライフ観光振興助成金事業」を開始しました。同事業は各自治体や地域の事業者が通年計画で実施する新たなナイトライフイベント等に対して助成を行うもので、1)原則同一の場所で定期的に開催、2)日没後から20時以降まで実施、3)多くの観光客を集客する、などを条件として対象事業の経費の3分の2を上限として、最大1億円を助成するものであります。今回のオリンピック開催にあたっては、少なくともかつて日韓サッカーW杯の開催時、石原都政下でみられた極端な夜の街への粛清は起こりそうにない、むしろそれを振興する方向にある点にはひと安心といえるでしょう。

しかし、ここまでを読んだ皆様は「そもそも、何故そんなに夜の経済の振興が必要なのか?」と疑問をお持ちになっているに違いありません。以下ではその理由をご説明したいと思います。

好調に見える国際観光産業が直面する問題

2020年までに訪日外国人客数を4000万人、2030年までに6000万人という大きな目標を掲げ、少なくとも現時点まででは順調に実績を積み上げているように見える安倍政権の国際観光施策ですが、実は現在かなり深刻な事態が見え始めています。以下は、訪日外国人客数とその客が国内で行った総消費額をグラフ化したものです。

訪日外国人客数 vs 総消費額(四半期ごと/2015-2019)

(出所:「訪日外国人消費動向調査」観光庁)

上記グラフはパッと見で、訪日外国人客数もその総消費額も概ね右肩上がりで成長し、好調であるかのように見えます。それ故に「安倍政権において最も成功した政策は国際観光施策である」などとも巷では言われたりするわけですが、実はこれをより詳細に見ていくと、大きな問題があぶり出てきます。例えば、以下は上記のデータを元に各四半期の訪日外国人客数とその総消費額を増減比(前期比)で示した図です。

訪日外客数と総消費額の増減(四半期ごと/2015-2019)

(出所:上記データを利用し筆者作成)

観光客数というのは、需要発生国側の連休の組み合わせや景気動向、また外国為替のレートなどによって常に増減をするものであり、いかに好調に見える安倍政権下の国際観光施策といえども、四半期ごとで見た場合に前期比でプラス、マイナスが入り乱れるのは全く問題ありません。

一方で、原則論としてはこの種のグラフは「観光客数が前期より増えた時の総消費額は前期より増える」、逆に「観光客数が前期より減った時の総消費額は前期よりも減る」という関係が維持されなければ健全とは言えません。これは、観光総消費額が「客数×一人あたり消費」で求められるからという至極当然の理由ですが、実は上記のグラフを見ると赤線で示された部分で、その関係が崩れていることが分かります。この現象が始まったのは2017年第1四半期以降のこと。すなわちここ数年、実は国際観光産業では「観光客数は増えているのに、総消費額が減少している」という、あってはならない逆転現象が起こり始めているわけです。

その原因は明白で、訪日外国人客の「一人あたり消費額」が2015年第3四半期を頂点として、ここ数年の間、ずっと減少傾向にあるからです。2015年第3四半期にはおよそ18万円あった一人あたり消費額は、2019年第1四半期にはおよそ14万円と大きく減退しているのです。以下は訪日外国人客の一人あたり消費額をまとめたもの。

訪日外国人客の一人あたり消費額(四半期ごと/2015-2019)

(出所:「訪日外国人消費動向調査」観光庁)

我が国で広がる観光公害と「観光客嫌悪」

この状態の何が問題なのかというと、それを飲食店の営業に例えてみれば理解が容易いでしょう。「観光客数は増えているのに、総消費額が減少している」という日本の国際観光産業の現状は、飲食店に例えると「お客様の数は増えているのに、売上が減少している」ということ。この状態は、お客様の対応の為に必要となるスタッフの人件費を含め様々なコストは増加する一方で、それに見合った売上が発生しないどころか売上が減退している状態、すなわち忙しくなるばかりで儲からないという「貧乏暇なし」に向かっている状況です。このような状態は、飲食店の営業としては完全に「赤信号」が灯っている状態であり、同じ状況が観光業界で発生した場合、そこに「観光公害」と呼ばれる弊害が発生することとなります。

観光公害とは、特定地域に観光客が溢れることでその地域が豊かになるどころか、逆に地域の住民生活に対してマイナスの影響を与えてしまうという現象のことです。本来、観光産業は地域にとっては域外からの観光客を誘引し、同時に消費を流入させる産業であり、地域経済を活性化させる産業です。しかし、上記のように「お客様の数は増えているのに儲からない(=地域が豊かにならない)」ような状態が発生すると、逆に観光産業が与える地域への負の影響が大きくなり、住民からの不満が噴出し始めるのです。このような現象は既に京都や鎌倉など、特に訪日外国人客が数多く訪れる観光地において見られ始めており、観光誘客イベントが中止になるなど、地域住民による「観光客嫌悪」が膨らんでいます。

このような観光公害が広がりつつある状況を脱する為に必要なのは、とにかく観光客の「消費力」を高めること。「お客様の数は増えているのに儲からない」状況を脱し、観光客の増加が地域の豊かさに直結し、またそれを地域住民が実感できる状況にまで持ち直してゆく必要があるわけです。そして、その「観光客の消費力の向上」の為に打ち出されている施策の一つが、前出のナイトタイムエコノミーの振興なのです。

「娯楽サービス消費」の促進と東京2020

そもそも、我が国における訪日外国人客の観光消費は、国際的にみても「娯楽サービス」分野における消費が圧倒的に弱いのが実情です。以下の図は日本と世界各国における訪日外国人客の観光消費の構成比を比較したものです。

訪日外国人客の観光消費(構成比)の国際比較

(出所:「『楽しい国日本』の実現に向けた提言について」観光庁)

上図を見ると、アメリカ、カナダ、フランスなどでは全観光消費のうち10%超を占める「娯楽サービス」に関連する消費が、日本では2.5%と非常に小さいことが分かります。これは日本の観光資源が歴史や自然など「消費を生みにくい」観光資源が主体となっているのと同時に、サービス消費を誘引するエンターテインメント産業が極端に弱いことに起因します。すなわち、日本を訪れている訪日外国人客は「食べて、寝て、移動して、買い物はするけれど、娯楽に対して消費をしていない」のが現状であるわけで、そこに観光消費を向上させるヒントがあるわけです。

ナイトタイムエコノミーの振興を語る時、多くの人は「そんなものに頼らずとも日本には豊かな自然と悠久の歴史がある」などとその施策を批判しがちです。しかし、実際は日本の観光資源の主力が自然や歴史であるからこそ、ナイトタイムエコノミーの振興が必要になるのです。ナイトタイムエコノミーの振興は、日本の観光資源の主力である歴史や自然など「昼間中心の」観光を阻害することなく、一方で「消費を生みにくい」というそれらの資源の弱みを補完するものです。これは「お客様の数は増えているのに、売上が減少する」という逆転現象が起こりつつある我が国の国際観光産業にとって必要不可欠な「観光客の消費促進」に直結する施策であり、今の局面だからこそ強く打ち出していかなければならない施策でもあります。

そして、来年行われる東京オリンピックは、まさにそのような我が国のナイトタイムエコノミー振興の最大の「試金石」となっているのが実情。東京オリンピックを目指して日本を訪れる多くの訪日外国人客の皆さんには、昼の時間帯に大いにスポーツ観戦を楽しんだ後に、日本の夜の街に繰り出して頂き、旺盛に消費をして頂きたい。そして、そういう観光客の消費トレンドを次なる2025年大阪万博の開催に向けて更に強化していきたい。東京オリンピックの開催を目前に控えた日本の国際観光産業は、まさに未来の「観光立国」の形成に向けた曲がり角に差し掛かっていると言えます。

(文・木曽崇)


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