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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.09.18

プレ五輪の「世界柔道」で減らしたメダル、お家芸の地元開催というプレッシャーの中で何があったのか?

男女混合団体では日本が金メダルを獲得し有終の美を飾った(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

日本の武道の聖地、日本武道館で行われた世界柔道。来年の五輪も同じ場所で行われ、オリンピック前哨戦といえる今大会で個人戦金メダル獲得数は男子2、女子2の4つ、昨年比べると、男子は同数、女子は3つ減らしており、金銀銅の男女の総数でみても1つ減らした結果だ。
とはいえ、最終日は2020東京五輪から新種目となる団体戦で見事3連覇を果たし大会5個目の金メダルを獲得し、安倍総理が観戦する中で有終の美を飾った。
日本柔道のさらなる躍進のために来年の五輪を見据えて、バルセロナ五輪・女子柔道52キロ級銀メダリストの溝口紀子が辛口で世界柔道を振り返りたい。

女子チームの課題 金メダル減った要因は

まず、女子については、52キロ級阿部詩選手と78キロ超級素根輝選手の大学1年生コンビが金メダルを獲得したが、昨年と比べると金メダルを5つから2つに減らした。金メダルが減った要因は海外勢が日本選手を徹底的に研究してきた結果ともいえる。
とりわけ52キロ級準決勝では前五輪チャンピオンのケルメンディ選手に阿部選手は徹底的に研究されていた。試合の大半は、袖口を絞られ得意の内股や袖釣り込みを封印され組み負けていたが、延長戦、阿部詩選手は立技から寝技に戦法を切り替え一本勝ちした。阿部選手のように、得意技以外の戦略の幅を広げ「立ってよし、寝てよし」の柔道の総合力をつけることは世界からマークされているチームの課題である。

52キロ級準決勝でケルメンディ選手に寝技をかける阿部詩選手(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

女子は7階級中の6階級で日本選手がファイナリストに残った。今回は研究されて金メダルを逃したが、総合力を高めれば本番では銀メダルが金メダルになる可能性は十分ある。

男子は金メダルを増やすのは難しいか

次に、男子の金メダルは66キロ級の丸山城志郎選手と73キロ級の大野将平選手の2つであった。とりわけ大野選手は圧倒的な実力を見せつけて優勝。来年の五輪でも最も金メダルに近い存在だ。
リオ五輪では7階級全ての階級でメダルを獲得した男子であるが、来年の東京五輪でこれ以上に金メダルが増えるかというと現状では極めて難しい。とりわけ81キロ級以上の中重量級で不安が残る。象徴的だったのは男子81キロ級・藤原崇太郎選手の初戦敗退である。藤原選手は前回の銀メダリストで期待の若手だ。派手さはないものの地道に勝ち上がっていく選手であるが、今回は自分の実力を発揮することなく敗退した。

73キロ級で金メダルを取った大野将平選手(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

実力ある選手の初戦敗退はコーチやスタッフに責任がある

私の経験でいうと選手にとって五輪一年前は競技人生で最も苦しい、辛い時期である。私も五輪前年の地元の世界選手権で初戦敗退したことがある。当時はお家芸の地元開催というプレッシャーに実力のある選手が押しつぶされ、私だけでなく他の階級の日本代表選手も初戦敗退した。
実力ある選手が集中できず、初戦で実力を発揮できず負ける場合、コーチやスタッフ、競技団体の役員に責任がある。なぜなら選手を地元五輪のプレッシャーや周囲の雑音から解き放ち、本来の実力を出させるのが彼らの役割であるからだ。選手がよくなかった、実力がなかったと選手の責任に転嫁しても、本番でもコーチやスタッフ、役員は同じ失敗を繰り返す場合がある。
地元開催、お家芸の日本柔道は1964年東京五輪時以上の期待とプレッシャーが選手にのしかかってくるであろう。想定外の事態があっても選手が実力以上の力を発揮できるよう、コーチと選手はコミュニケーションによる信頼関係を強化することで、「五輪の魔物」を「五輪の魔法」に変えてほしい。

畳の外の海外紛争「政治と柔道は別の話」

今回の世界柔道では2020東京五輪から正式種目として採用される男女混合団体戦が開催された。
当初は韓国と北朝鮮の合同チームの団体戦参加も予想されたが、結局韓国チームは単独チームとして団体戦に参加した。GSOMIA破棄から「反韓、反日」と日韓関係の悪化が危惧されている中だが、韓国チームの関係者と話をしたところ「政治と柔道は別の話」と冷静に対応していた。
現場では目下、五輪出場のポイント獲得が最優先課題で政治どころではないのが本音であろう。

男女混合団体の初戦で日本は韓国と対戦した(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

また、国籍も柔道衣も違う難民選手の団体出場も今回から初めて起用された。IJFチームとする連合軍という形で出場することで、難民問題と越境する柔道の国際化と呼応したといえる。

「私は最後まで闘いたいが、国が許さない」イランとイスラエルの代理戦争も

その一方で、イランとイスラエルの代理戦争があった。
イラン代表81キロ級2018年世界チャンピオンのサイード・モラエイ選手は、イスラエル代表のサギ・ムキ選手が決勝進出を決めた直後の準決勝でマティアス・カス選手に敗れた。勝てばムキ選手と同じ表彰台に立たなければならない3位決定戦でもジョージア代表のルカ・マイスラゼ選手に敗れて5位に終わった。イラン代表のモラエイ選手がイスラエル代表のムキ選手と対戦を避けるために故意に負けたのである。

イラン代表のサイード・モラエイ選手(写真:ロイター/アフロ)

モラエイ選手は大会後、イランオリンピック委員会会長のサイド・レザ・サレヒ・アミリとスポーツ大臣のダバル・ザニから試合中に棄権を強要されたことを告白している。
「家族と私に何が起こるかを恐れている」「私は最後まで闘いたいが、国が許さない。助けが必要だ」とも訴えた。イランはイスラエルの存在を否定しており、2004年のアテネ五輪では男子66キロ級の初戦でイスラエル選手と当たることが決まっていた優勝候補のミレスマイリ選手が体重オーバーで計量に臨み事実上の棄権をするなど、今回だけのことではない。
マリウス・ビゼールIJF会長は、イラン側がモラエイ選手に対して試合を棄権するよう圧力をかけたことを明言しイラン側の対応を厳しく批判した。さらにビゼール会長はイラン柔道連盟に処分を与える可能性も示唆した。
国際柔道連盟(IJF)は1日、イラン代表のサイード・モラエイ選手のインタビュー動画を公式サイトに掲載した。「五輪憲章」に明記されている「いかなる差別も相容れない」という姿勢を貫いている。

▼サイード・モラエイ選手のインタビュー動画(英語字幕)

日本では日韓関係ばかりが注目されているが、イランとイスラエルのように柔道の試合が代理戦争化し、選手が生命の危機にさらされているケースもある。このように海外の選手によっては金メダルの獲得以上に、人権侵害されている国内の現状を大会に出場することで、問題を顕在化するチャンスにもなっているのだ。メダルを取ることだけでなく、参加することにも意義があることを改めて知った世界柔道であった。
いよいよ五輪本番まで1年を切った。日本選手は、東京五輪にむけて、お家芸としてこれまで経験したことのない国民の期待の中で「柔道」を誇りに戦っている。また日本選手のライバルとなりうる海外選手たちも国内外の情勢、見えない敵とも戦いながら「JUDO」を引っさげてやってくる。
1964年の東京五輪のようにJUDOという黒船が日本柔道の既成概念を覆すことになるのか、はたまた伝統の日本柔道が世界を席巻するのか。「強い選手が勝つのではなく、勝った選手が強い」ことの証左になることは間違いない。

(文・溝口紀子)


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