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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2019.10.28

日本人が東京五輪・100mで決勝に残るには 世界陸上・小池、桐生、サニブラウンの走りから考える

(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

9月27日からドーハで開催された世界陸上競技選手権大会が10月6日に閉幕した。日中は50度近くになる気温と100%に近い湿度という過酷な環境に加え、通常より遅い時期の開催であったにもかかわらず、全体の競技レベルは意外なほど高かった。ただ、来年の東京五輪に向けて日本人選手はさらにレベルを上げていく必要がある。北京オリンピック銀メダリストの朝原宣治が100mに出場した3選手の走りを解説する。

惜しかった小池選手、不調の原因は

まずは100mに出場した日本人選手の結果を振り返ってみたい。小池祐貴選手は予選を10.21(向かい風0.3m)で突破したが、スタートが決まらず、中盤から後半に向けて加速するも精彩を欠いた走りとなった。実力者であるベテランのマイケル・ロジャース選手(アメリカ)が同組で、昨年9秒台に突入したフィリッポ・トルトゥ選手(イタリア)と中盤から競り合い、最後に抜かれて4着の結果だった。

男子100m予選を走った小池選手(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

今シーズン順調に調子を上げてきた小池選手は、7月20日のロンドンダイヤモンドリーグで日本人3人目の9秒台である9.98(追い風0.5m)で4着の好成績を残した。この調子を維持すれば、今大会でも準決勝で世界の強豪と10秒0台~9秒台で競り合い決勝に進むことも想定できたが、準決勝ではさらにタイムを落とし決勝への夢は途絶えた。
不調に終わった原因を考察すると3つ挙げられる。1、走りの技術的問題があった。2、初の世界選手権で自分の力が発揮できなかった。3、大会に向けての調整ミス。
1、については予選から準決勝に向けて修正ができていないので当てはまらない。2、についてはロンドンダイヤモンドリーグで強豪と競り合いの中、9.98の好タイムを出していることから、一緒に走る選手や雰囲気で自分の走りができないということは考えにくい。3、が最も考えられる原因だ。一度7月に9秒台を出しピークを迎えた状態から、2か月かけてトレーニングを積んで今大会に調整をしてきたはずである。その調整が上手くいかなかった可能性があるのではないかと推測する。9.98を出してからの周りから、あるいは自分自身への過剰な期待がトレーニングに大きな影響を与えたのかもしれないし、8月18日に10.31の成績であったバーミンガムグランプリの体調不良を引きずってしまった可能性もある。いずれにしても、ピークの状態で臨んでいれば十分に決勝に残る可能性があったので非常に惜しい。

桐生祥秀選手が東京五輪で決勝に残るために必要なもの

桐生選手は予選を10.18(向かい風0.3m)で通過し準決勝に進み、準決勝では10.16(追い風0.8m)という記録だった。準決勝では予選の課題を修正し、スタートから桐生選手らしい見事な加速でメダル候補であったシンビネ選手(南アフリカ)やヒューズ選手(イギリス)から前半リードを奪った。しかし、後半にトルトゥ選手(イタリア)やトレーシー選手(ジャマイカ)、ロジャース選手(アメリカ)にも抜かれ組6着で敗退となった。2016年リオオリンピック100m予選敗退以来の世界大会での100mレースであったが、今大会が一番良いレースであったように思う。

男子100m予選は10.18で通過し準決勝に進んだ(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

今シーズン何度も10秒0台で走っている選手が、なぜ世界大会では走れないのかと不思議に思う人も多いかもしれない。それだけ100mという競技は目に見えるものだけではなく、ライバル選手らの気迫や圧力、横並びで走るストレスや一瞬で勝負が決まってしまう緊張感など、その時のグランドコンディションだけでは計り知れない影響がタイムに現れるのだ。桐生選手のコーチである土江氏がレース後に、「桐生は1段ギアが足りない」と言った。車のギアに例えてのコメントである。世界のトップスプリンターは40mから70mにかけてローギアから鮮やかにギアを上げていき高いトップスピードを維持しながらフィニッシュする。中でもボルト選手は世界のトップスプリンターより1つか2つ多くギアを持っていた。今回、良いスタートと加速で前半リードを奪った桐生選手が東京オリンピックで決勝に残るためには、この1年でもう1段ギアを上げられるエンジンを持つ必要がある。

スタートの出遅れが悔しかったサニブラウン・アブデルハキーム選手

サニブラウン選手は10.09(追い風0.1m)の危なげない走りで予選を組3着で通過した。スタートの反応時間は0.175秒と決して良くはないが、優勝候補であるクリスチャン・コールマン選手(アメリカ)の現役選手ナンバー1の飛び出しにも動じず冷静な走りで追いかけた。予選の走りから、調整が上手くいき体調も良さそうなことが見えたので、あとはスタートを少し修正して準決勝で0.05秒ほど上がれば間違いなく決勝進出すると思えた。しかし、準決勝ではスタートの反応時間は0.206と出遅れ、それでも冷静に対処し猛追したが及ばず、10.15(向かい風0.3m)で5着となり敗退した。

男子100m準決勝 スタートで出遅れるサニブラウン(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

決勝進出最低タイムは10.12だったので、仮に準決勝を予選と同じスタート反応時間で出られていたとしたら0.206(準決勝)-0.175(予選)=0.031秒差となり10.12で走っていたことになる。出遅れた焦りやフォームの乱れなどを考慮すると10.11のタイムで拾われたトルトゥ選手(イタリア)よりも速かったのではないかと推測される。ただ、トルトゥ選手のスタート反応時間は0.217とサニブラウン選手よりもさらに遅く、同じく出遅れた状態から猛追し決勝進出を決めたため、失敗を含めてもトルトゥ選手の力が勝った形となった。レース後にサニブラウン選手は「スタートのピストル音が聞こえなかった」とコメントしている。同じように9レーンであったサニブラウン選手とトルトゥ選手は観客の騒音や機械的問題で聞こえにくかった可能性もある。100分の1秒で明暗が分かれる100m競技において、特に準決勝にもなると力が拮抗した選手が集まるため、スタートの出遅れは致命傷となることがよく分かった非常に悔しいレースであった。

コールマン選手、ガトリン選手、シンビネ選手......来年ライバルとなる選手たち

次に、来年ライバルとなる選手たちの走りも振り返ってみたい。まずはコールマン選手(アメリカ)の今大会の走りは圧巻でタイムも9.76(追い風0.6m)の圧勝であった。ただ一人予選から9秒台で走り、準決勝、決勝と順調にタイムを上げながら全く危なげのない横綱レースをした。

男子100mで優勝したコールマン選手(写真:ロイター/アフロ)

コールマン選手は室内60mの世界記録保持者でもあり、2年前くらいまではスタートダッシュがとんでもなく速いが、後半に刺されることがよくある前半型の選手として認識されていた。しかし、ここ最近ではスタートの飛び出しでリードを奪いトップスピードに乗ってから、さらにそのスピードを維持できるようになった。今大会ではスタートダッシュでリードを奪うとそこで勝負ありという展開だったので、東京オリンピックでも、中盤から後半にかけて前半の差を埋められるボルト選手ほどの選手が現れない限り、筆頭優勝候補となる選手である。
そして、長きにわたってスプリンターのトップに君臨する37歳のジャスティン・ガトリン選手も9.89で銀メダルを獲得し、来年もまだ脅威の選手といえよう。ドーピング違反による出場停止期間を経て年齢を重ねながらも世界トップ選手としてカムバックした。年々体力は衰えているように見えるが、ここ一番の集中力とテクニックは健在している。

ガトリン選手も来年の脅威だ(写真:ロイター/アフロ)

次に注目するのは、今シーズン安定した力を発揮したシンビネ選手(南アフリカ)。桐生選手と同じくらいの背丈でピッチ型の選手だ。桐生選手は今大会準決勝を48歩で走りタイムは10.16。シンビネ選手は決勝で桐生選手と同じ48歩でタイムは9.93。ちなみにコールマン選手は47歩で9.76。この2選手は桐生選手よりさらにピッチが高いということを表している。

男子100m決勝を走るシンビネ選手(写真:ロイター/アフロ)

今回、決勝に残った選手の走りを見ると熾烈な準決勝のレースからさらに決勝で記録を伸ばす力がある選手がそろったということが分かる。日本人選手が100mで決勝に残るためには、予選をウォーミングアップぐらいの気持ちで臨み、準決勝でも自分の走りがしっかりとできる余裕を持つことが必要だ。アンドレ・ドグラス選手(カナダ)のようにスタートで前に出られても冷静に着順を確保する中盤・後半の伸びが欲しい。
来年はオリンピックイヤーで世界のスプリンターたちも今年以上に調子を上げてくるはずだ。群雄割拠の100mファイナリストの中に日本人選手が並んでいる姿を夢見てその日が来るのを待ちたい。

(文・朝原宣治)


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