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2020年という、日本にとって特別な1年に向けて
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東京2020オリンピック・パラリンピック開催まで

2020.02.17

久保建英の最大の武器は「脳内変換力」 五輪への胸中は

熾烈さを極める五輪代表争いを、久保は歓迎する(写真:ムツ・カワモリ アフロ)

 今夏の東京五輪を19歳で迎える、久保建英(くぼ・たけふさ)の最大の武器は何かと問われれば、答えをピッチの外に求めたい衝動に駆られる。質問を投げかけるメディアの意図を瞬時に読み切り、脳裏に浮かぶさまざまな思いを、当意即妙にして臨機応変に自分の言葉で紡ぎ続ける能力。異次元のレベルにある脳内変換力は、実際にピッチで見せる創造性と意外性とが溢れるプレーの源泉になっている。

これまでに残された語録をあらためて振り返りながら、彼の人物像に迫りたい。

「負けたことでみんなに危機感が生まれた」(2019年11月)

 直近では東京五輪世代のベストメンバーの一人として招集された、昨年11月17日のU-22コロンビア代表戦。0-2のスコア以上に攻守両面で後塵を拝し続けた試合後に、次に繋がる収穫を問われた久保の答えは意表を突いていた。

「強いてよかった点をあげるとすれば、負けたことでみんなに危機感が生まれたことだと思います。僕は危機感を持つべきだと思っていますけど、次の招集まで時間が空くので各々が所属チームで示すべきだし、そうすることでもっと成長するしかないのかな、と」

エディオンスタジアム広島で行われたコロンビア戦(写真:西村尚己 アフロスポーツ)

 コロンビア戦後のロッカールームでは、森保一監督から「東京五輪で金メダルを獲得する、と思っているのは私だけなのか」と問われた。もちろん久保の答えは決まっていた。思わず「なるほど」とうなずける言葉も添えながら、胸中に宿る思いを明かしている。

「東京五輪だからどうこう、とかは関係なく、出場するからには優勝するしかない。そう言うことで自分たちにプレッシャーをかけつつも、同年代の選手たちには負けられないという思いもある。本番の代表に選ばれれば、の話ですけど、あの時に負けておいてよかったと思えればいい」

「今はあまり注目してほしくない」(2016年11月)

当時15歳5カ月でJリーグ最年少出場記録を更新した(写真:アフロスポーツ)

 名門FCバルセロナ帰りという経歴。何よりも多感な年頃であることを考慮したFC東京側は、それまで久保が主戦場としていた育成年代では試合後などの取材を原則禁止としていた。しかし、一転してパルセイロ戦では初めて取材が解禁された。J3では異例の多さとなる、100人を超えるメディアを前にして、久保はまったく臆さなかった。

「プロサッカー選手になった時に注目されなくなったら、それはよくないことだと思います。ただ、今はあまり注目してほしくないかな、という思いはありますね」

 中学3年生の段階でJリーグの公式戦でデビューしたタイミングを「ちょっと早いかな」とはにかみながらも、現役でプレーする間は常に貫く信念も口にしている。

「自分が成長し続けるために一番大切なのは、気持ちだと思っています。具体的には貪欲さというか、上にはさらに上がいるということ。まだまだ自分は下にいるので、どんどん追い越していく、という気持ちを抱きながら毎日を過ごしています」

「誰が見ても『あっ、すごいな』と思えるプレーを」(2017年5月)

 追い越す背中がFC東京の先輩たちとなり、日本代表で仲間となった年上の選手たちになった。例えば2017年5月、16歳になる直前で代表に大抜擢されたFIFA・U-20ワールドカップを前にした久保はこんな言葉を残している。

「基準を作ってしまうと、それよりも上に行くことがあまりないと思うので。なので、上の基準は作らずに、最低限のそれをみなさんが見ていて楽しいと思えるプレーに置きながら勝利に貢献したい。具体的には誰が見ても『あっ、すごいな』と思えるプレーというか。例えばドリブルならば相手にボールを奪われないことが大前提で、なおかつ相手に嫌がられるコースを進むことですね」

2017年FIFA・U-20ワールドカップ ウルグアイ戦での一幕(写真:田村翔 アフロスポーツ)

 同年秋にはFIFA・U-17ワールドカップの舞台にも立った。そして、決勝トーナメント1回戦でU-17イングランド代表に屈し、帰国を余儀なくされてからほどなくして、久保はFC東京とプロ契約を結んだ。同世代の海外選手たちとの差を肌で感じ、プロになってサッカー中心の生活に切り替えなければ差を詰めることができない、と判断したからだ。

「ただ、ずっとサッカーをやってきた姿勢が、プロになったからとか、ある程度成功したからといって変わってしまえば、成長するスピードも落ちてしまう。そう考えただけで怖くなりますけど、だからこそ楽しくサッカーができているうちはどんどん上へあがっていけると思っています。そういう状態ができるだけ長くというか、いつまでも続いてほしいですね」

「自分が、自分が、というわけにはいかない」(2019年2月)

飛躍を遂げるきっかけも自らの力でもぎ取った。久保は出場機会を求めて2018年8月に横浜F・マリノスへ期限付き移籍している。攻守両面でハードワークを求めるFC東京の長谷川健太監督に対して、久保は「なぜ試合に出してくれないのか」と不満にも近い思いを抱いていた。

2018年天皇杯全日本選手権では先発フル出場した(写真:アフロスポーツ)

 プロ初ゴールを決めながらも、終盤戦で再び出場機会を得られなかったマリノスで味わわされた悔しさを介して、久保は「なぜ試合に出られないのか」と自問自答を繰り返した。

 弾き出された答えはFC東京に復帰した2019シーズンの開幕戦、川崎フロンターレ戦後の言葉に凝縮されている。

「サッカーはチームスポーツなので、自分が、自分が、というわけにはいかない。選手一人ひとりに特徴があるとは思いますけど、チームの勝利が最優先される中で、土台となるチームのコンセプトを実践できなければ試合に出られないのは当たり前のこと。その上で攻撃では自分の特徴をしっかり出して、チームのいいアクセントになればいい、ということをこの1年間で、十代の段階で学べたことは一番大きな収穫だと思っています」

開幕戦後「チームのいいアクセントになればいい」と語った(写真:西村尚己 アフロスポーツ)

 こうした考え方に行き着いた久保を、常に見守ってきたFC東京の大金直樹代表取締役社長は「自分を客観視できる能力が、建英にはあるんですよ」と目を細める。マリノスからの復帰が決まった時には、こんなやり取りがあったと大金社長は明かしてくれた。

「建英は『僕は間違いなくチームのためにやれます』と言ったんですよ。マリノスへ行って一番変わったのはメンタルですよね。以前から技術力が高かったところへ、メンタルの部分で一回りも二回りも大きくなって帰ってきました」

「18歳はもう若くはない」(2019年6月)

 昨シーズンのFC東京における活躍ぶりは、あらためて説明するまでもないだろう。右サイドハーフとして13試合に出場して4ゴールをマーク。首位を快走するチームをけん引する一人となり、2度目の出場資格があったFIFA・U-20ワールドカップ、東京五輪世代が臨んだトゥーロン国際大会を一気に飛び越えて、6月シリーズへ臨むフル代表へ大抜擢された。

 そして、トリニダード・トバゴ代表とのキリンチャレンジカップを翌日に控えた6月4日に、愛知県豊田市内でキャンプに臨んでいた久保は18歳の誕生日を迎えた。

「ひとつ年を取った、という言い方は変ですけど、これからはジュニアと書かれることはなくなりますし、世界でも18歳はもう若くはない、みたいな感じになってきている。18歳でも試合に出る選手は出ますし、だからと言って22、23歳になった時に約束されていることは何もないので」

 こんな言葉を残した久保とFC東京の契約は、実はその日をもって満了していた。

9日のエルサルバドル戦は所属クラブのない状態でピッチに立っていた(写真:つのだよしお アフロ)

 バルセロナの下部組織からの退団を余儀なくされたのは、国際サッカー連盟が原則禁止している18歳未満の外国籍選手の獲得・登録に、久保を含めた複数の下部組織所属選手が抵触。公式戦に出場できないペナルティーが科され、18歳になるまで解除される見込みが立たなかったからだ。

 当然ながらFC東京側からは契約の延長を打診されている。感謝の思いを抱きながらも、国際間移籍が可能になる2019年6月4日をもってフリーとなることへ、久保は強いこだわりを抱いてきた。世界一のビッグクラブ、レアル・マドリードへの完全移籍が電撃的に発表され、日本を含めた世界中を驚かせたのはフリーになって10日後の14日だった。

 当時の久保は、フル代表の一員としてブラジルで開催されたコパ・アメリカ2019へ臨んでいた。そして、大会後に成田空港へ帰国した際の姿が話題を呼んだ。左手に『スタジアムの神と悪魔』というタイトルの、ウルグアイ人著者によるサッカーのエッセー集を持っていたからだ。

6月29日には味の素スタジアムで壮行セレモニーが開かれた(写真:西村尚己 アフロスポーツ)

「環境が変わっている、ということを逆にプラスに」(2019年9月)

 話をレアル・マドリード移籍後に戻す。トップチームのプレシーズンツアーに帯同した久保は、当初は3部リーグにあたるセグンダ・ディビシオンBを主戦場とする予定だったが、昇格組であるRCDマジョルカへ開幕直後に期限付き移籍し、フル代表の9月シリーズへ向けて帰国する直前にラ・リーガ1部の舞台でデビューした。6月以降の3カ月間で一気に階段を駆け上ったのでは、とメディアから心境を問われた久保は珍しく敏感な反応を示している。

2019年9月、リーガエスパニョーラのリーグ戦でデビューした(写真:なかしまだいすけ アフロ)

「これからも遠慮することなく、いろいろなことを言っていきたい」(2019年11月)

10月シリーズもフル代表に招集されていた久保にとって、コロンビア代表に屈した11月の一戦は、約7カ月ぶりとなるU-22代表でのプレーだった。

五輪への思いは変わらない(写真:西村尚己 アフロスポーツ)

 ワールドカップなどは23人体制となるが、五輪は一転して18人体制となる。最大3人のオーバーエイジが加わることも考えればさらに熾烈さを極める競争を、しかし、久保は歓迎する。
U-23代表チームへの招集が確実視される、3月27日のU-23南アフリカ代表戦(サンガスタジアム)、そして同30日のU-23コートジボワール代表戦(レベルファイブスタジアム)で、コロンビア戦後の誓い通りにレベルアップした姿を見せる。

「何かもやもやした表現で申し訳ありませんけど、サッカー選手として常に大きな存在でありたい。久保選手を見てサッカーを始めましたと言ってもらえるような、より大きな影響を周囲に与えられるような選手に、ひと言で表現すれば『すごい選手』になることが僕の目標です」

 2年前にJリーグの新人研修に参加した時に久保が明かした壮大な目標は、今も色褪せることなく脳裏に刻まれている。56年ぶりの自国開催となる東京五輪の舞台で仲間たちをけん引し、頂点へ向けて勝ち進んでいく過程で、目標はより明確な輪郭を帯びてくる。

(文・藤江直人)


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